本来、大人が担うべき仕事を18歳未満の子どもが行う、いわゆるヤングケアラー。熊本市に幼い頃からヤングケアラーだったという女性がいる。女性は同じような境遇の子どもたちのためにと、自らの名前を公表して講演などの活動を続けている。

顔色うかがい…3歳から母親をサポート

熊本市の塚本陽子さん(36)は、3歳の時に両親が離婚、それを機に一人娘だった塚本さんは自然と母親をサポートし始めたという。

3歳から母親をサポート…ヤングケアラーだった塚本陽子さん
3歳から母親をサポート…ヤングケアラーだった塚本陽子さん
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「私がなんとかしなきゃとなって。その頃から顔色をうかがい始めて生活していたような感じ」だと塚本さんは話す。

後に、塚本さんの母親には中度の知的障害があったことが分かった。

塚本陽子さん:
列を作って皆さん順番待ちすると思うが、母親はそれが理解できない。「お母さん一番後ろは向こうだよ」って並び直したり、自分の順番が来ても何も準備ができないので、「お母さん、そろそろ財布を出しておいた方がいいよ」と

塚本さんが当時を思い出して書いたノート
塚本さんが当時を思い出して書いたノート

母親は感情をコントロールすることができず、かんしゃくをよく起こし、気持ちが収まらず、夜中でも部屋に来て、寝ている塚本さんに物を投げつけることも。「いつ何が来るか分からないという緊張感が毎日続いていて、学校では授業に参加するのも疲れている状態」だっという。

塚本さんが15歳になるまでは、祖母も一緒に暮らしていたが、母親の相手は常に塚本さんだった。テレビの音量調節や声をかけるタイミングなど、母親の機嫌を損ねないようにしたり、外出先では周りの人とトラブルが起きないように、子どもながらに気を遣う日々だった。

「あなたしかいない」という言葉の重り

しかし、年齢が上がると別の感情も抱くようになったという。

塚本陽子さん:
(母親が)掃除のパートに行っていたが、そこから足音が聞こえてくると「また帰ってきた…」と思って

逃げ出したくなることもあったが、それでも「当時は周りの大人たちに助けを求めても無駄だ」と思い、周りの人に相談することはできなかった。

塚本陽子さん:
小さい時から母の世話をしていて、ほめられると同時に「お母さんにはあなたしかいないんだからね」っていう言葉も数えきれないほど言われていた。自分の中に重りが蓄積されていくような感覚だった

高校卒業後の進路を決める時も、優先したのは「母親の世話」だった。就職していったんは母親と離れたが、母親が一緒に暮らしていた親戚とトラブルを起こし、再び一緒に暮らすようになった。

転機となる夫との出会い 26歳の出来事

塚本さん自身も自殺を考えるほど体調やメンタルを崩してしまうが、夫となる修平さんと出会ってから、次第に自分を取り戻していったという。

26歳の時、忘れられない出来事があった。

塚本陽子さん:
涙がボロボロ出てきて、「みんなお母さんの心配はするのに、なんで私の心配をしてくれる人は誰もいなかったの?私を助けてくれる人は誰もいなかった」って気づいたら叫び終わっていて。「あっ、私いま人生で初めて自分の気持ちを声に出した」って思った瞬間だった。それだけ自分の心の声を表に出すというのを押し込めていて、本音を言うことは自分にとって命がけだった

塚本さんは現在、夫の修平さんと保護犬と暮らしている。

夫の修平さん
夫の修平さん

夫・修平さん:
家庭環境が大変というのは後から知ったが、その時は本人が大変で。小さいころの育ちが影響していて、そうなったんだと。(それを聞いて)そうだったんだと思った

“やりたかった仕事”…現在は動物病院に勤務
“やりたかった仕事”…現在は動物病院に勤務

塚本陽子さん:
犬の世話をしていて“愛情”ってこういうことなんだと思って。母親と2人だった時は将来は親子2人で道で野垂れ死にするのが関の山と思っていて、こんな一軒家で暮らせるなんて思ってなくて、すごくぜいたくだと思っている

仕事も「母親の世話がしやすい仕事」ではなく、自分がやりたかった仕事を始めた。

多岐にわたるヤングケアラーの実情話す

病気の家族の介護や介助、きょうだいの世話、働く保護者のための家事のほかにも、塚本さんが担ってきた見た目では分かりにくい精神的なサポートなど、ヤングケアラーの形は多岐にわたる。

この実情を知ってもらおうと、塚本さんは大学などで講話を続けている。この日、塚本さんが講話のため訪れたのは、教諭など教育現場の関係者を集めた研修会だ。

塚本陽子さん:
ささいなことで相手を怒鳴りつける母親、それに対して驚いた相手の仲裁に入ることも求められるようになり、私の役割は年を重ねるごとに確実に広がっていきました

塚本さんは学校で助けを求めようとしたが、できなかった経験を話した。

塚本陽子さん:
先生は子どもたちの味方や子どもたちを守ってくれる存在というような、そういう声掛けがあったら、電話をする勇気が湧いていたかもしれないなと感じています

「自分の気持ちを大切にする機会」を

母親はその後、親戚宅に住み、福祉サービスを受けながら落ち着いた生活を送っている。いまでは一緒に旅行を楽しめるようになった。

塚本さんは講演で、子どもたちに寄り添うことの大切さを何度も強調した。初めて研修に参加したという教諭は「自分がどれだけ考えられたかや、これからどう考えていくのかが次につながるので、参加できて非常によかった」と話す。

西南学院大学・社会福祉科 安部計彦教授
西南学院大学・社会福祉科 安部計彦教授

西南学院大学・社会福祉科の安部計彦教授は、「まずは発見する」ことが大事だと話す。「そうじゃないかな」って気づいたとしても、学校の先生だけでできる問題ではないため、具体的に子どもが担っているケアの相手が、高齢者や障害者、別の子どもなど、対象が違うと連携する相手が違ってくる。いろんな制度を利用したり、サービスをつないでいくことが必要だという。

いまでは母親と一緒に旅行を楽しめるように…
いまでは母親と一緒に旅行を楽しめるように…

塚本陽子さん:
当事者の皆さんはもしかしたら、きついなとか、逃げたいなとか、嫌だなとか…。でも自分が世話をやめるわけにはいかない。世話をして当たり前っていう気持ちも、両方持ち合わせていると思う。その気持ちが出てくることは人として当然のことで、全くおかしいことではないので、サポートしてくれる人によって自分の気持ちを大切にする機会が増えて、当事者のアイデンティティーが少しでも育てられるような環境になってくれたらいいなと思っています

(テレビ熊本)

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テレビ熊本
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