2022年6月に始まったリニア中央新幹線の工事をめぐる南アルプスの生態系への影響について話し合う国の有識者会議が大詰めを迎えている。9月26日に開かれた13回目の会議では報告書案が示されたが、県は不満を口にした。
国の仲介で有識者会議を設置
リニア中央新幹線静岡工区をめぐる国の有識者会議は、静岡県とJR東海との議論がこう着したため、仲介に入った国土交通省の提案によって設置された。主な議題は“大井川の水”への影響と“生物”への影響だ。
この記事の画像(10枚)水に関する議論は2020年4月から約1年8カ月かけて全13回にわたり会議が開かれ、すでに報告書が示されている。主な内容は「トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される」「トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は、河川流量の季節変動や年毎の変動による影響に比べて極めて小さいと推測される」「先進坑貫通までの約10カ月間に(湧水の)県外流出が発生した場合においても、中下流域の河川流量は維持される」というものだ。
その上で、JR東海に対しては「利水者等の水資源に対する不安や懸念を再認識し、今後、静岡県や流域市町等の地域の方々との双方向のコミュニケーションを十分に行うなど、トンネル工事に伴う水資源利用に関しての地域の不安や懸念が払拭されるように真摯に対応すべき」などと助言した。
議論のフェーズは“水”から“生物”へ
そして、水に関する議論が一段落したことで始まったのが南アルプス等に生息する動植物への影響を議論する環境保全有識者会議だ。生態系管理学を専門とする北海道大学・中村太士 教授を座長とし、地下水学と地圏環境学を専門とする東京大学・徳永朋祥 教授や河川生態学などを専門とする名古屋大学・辻本哲郎 名誉教授など8人が委員として名を連ねる。
会議は2022年6月に始まり現在に至るが、実は元々“何を論点にするのか”決まっていなかった。このため当初は県や関係市町、トンネル予定地の山林を保有する企業へのヒアリングが重点的に行われた。
この中で難波喬司 副知事(当時)は、県としてJR東海に対して「影響が出たら代替措置を取るとか、そういった代償措置をしますというような考え方ではなく、影響の回避・低減を基本とすることを踏まえて、生態系への影響の回避・低減に必要な管理値を定めるバックキャスティング型の管理をすべき」ということや「工事により、沢の流量等にどのような影響が予測され、生態系へどの程度の影響が想定されるのか、また、対策を実施した場合にどの程度まで抑えられるのかを明確化すべき」といったことを求めていると説明したほか、トンネルが通過する静岡市の担当者が「発生土処理について生態系をはじめとした周辺環境への影響を懸念しており、JR東海に対して発生土置場ごとの具体的な計画作成や生物多様性の考えに即した緑化を求めている」などと述べた。
島田市の染谷絹代 市長も「工事による影響について、何十年後など時間を経て表面化した場合に適切な評価・対応できるようにモニタリングの実施をしていただきたい」、「取得したデータをどのように活用するのか。例えば管理値を決めて、その値が正常範囲を超える場合などにはどのように対応するのかなど、あらかじめ専門的な知見を基にした対応方法を知りたいと考えている。不確実性をゼロにすることができないことは承知している。リスクを減らす方法を議論していただきたい。問題が発生してから考えるのではなく、発生する前に想定して対策が取れないかと考えている」と訴え、有識者会議は「トンネルの掘削に伴う地下水位の変化が沢に生息する水生生物や高標高部の植物に与える影響」や「発生土置き場や排水等が環境に与える影響」を軸に議論を進めていく方針を決めた。
これを受け、JR東海は7回目の会議以降で、断層とトンネルが交差する場所に位置する沢については掘削に伴い流量の減少が想定されることから、工事に入る前にセメントなどの薬液を地中に流すことで地盤を強化する案や大井川上流の沢における水質や水量のモニタリング計画案などを示し、委員から出た指摘や意見を踏まえ、より実効的な対策になるよう追記や修正を繰り返した。
また、発生土のうち重金属を含んだ対策が必要な土砂については、新幹線や道路の建設工事で採用されている方法と同様に二重遮水シートを使って外部からの流水を遮断し、シート内にたまった水は地下に設けた排水溝から浸透水処理施設へと流して適切に処理するとし、委員からは概ね否定的な声は聞かれなかった。
さらに、JRは標高3000メートル付近の地下水や土壌について調査した結果、高山植物は地表近くの水を吸い上げて育つため、工事によって地下水位が変化しても影響はないとの見解を示し、オブザーバーである県も「素直に受け止めるべき結果」と話した。
生物の議論もゴールが見えてきた?
こうした中、9月26日に行われた13回目の会議では、一定の議論が尽くされたことから報告書の素案が示された。
報告書案では、トンネルの掘削前に基礎的なデータを収集し、工事前の自然環境を把握することを前提に「論点ごとに、影響の予測・分析・評価、保全措置、モニタリングのそれぞれの措置を的確に行い、それぞれの結果を書く措置にフィードバックし、必要な見直しを行う、いわゆる『順応的管理』で対応することにより、トンネル掘削に伴う環境への影響を最小化することが適切」とした上で「管理流量等の範囲を逸脱するような事象が発生した場合は、早期にその兆候を掴み、躊躇なく工事の進め方を見直すことが必要」と提言している。
加えて、JR東海に対して「有識者会議における議論等を通じて醸成された環境保全についての意識を、経営トップをはじめ舎内全体で共有し、環境保全措置やモニタリング等の対策に全力で取り組む」ことを求めた。
他方、国に対しても「科学的・客観的な観点から、整理された対策が着実に実行されているか、プロジェクトが着実に進められているかについて、継続的に確認することを検討するべき」と当事者意識を持つよう指摘したものの、全体としては議論の中でJR東海が提案し、委員の意見を反映してブラッシュアップした対策をほぼ認める内容となった。
だが、JR東海・澤田尚夫 常務執行役員は「案の段階であり、私たちが意見を申し上げるというものではないと思っているが、会議としては着実に進めてもらっている。議論が尽くされたとは認識していない」と硬い表情を崩さなかった。
県は意見書を提出へ
一方、県は報告書案に納得がいっていないようだ。取材に応じた県くらし環境部・山田琢也 部長代理は開口一番「まだまだ気になっている部分がある」と口にし、沢の水量変化のシミュレーションなどを念頭に「会議の中で結論が出されていない事項がある」と反発した。
その上で報告書を精読し、県の専門部会の委員の見解なども踏まえて意見書を提出する考えを示すとともに、有識者会議に対しては報告書の中に「JR東海が示している現在の要対策土の処理計画は県盛土規制条例で認められていない」旨を明記するよう求めた。
山田部長代理は「課題を積み残したままで案が取れることはないと考えている」とするが、仮に有識者会議で報告書がまとまったとしても県は専門部会で“水”についても、“生物”についても再度議論する姿勢を崩しておらず、静岡工区をめぐる議論の終着点はまだ見通せていない。
(テレビ静岡)