北九州市で100年以上続いた老舗銭湯の店主が、体力の衰えや燃料代の高騰を理由に閉店を決めた。夫婦で切り盛りしてきた歴史ある銭湯の、最後の1日に密着した。

二人三脚で営んできた“老舗銭湯”

北九州市戸畑区にある、100年以上続いていた老舗銭湯「泉湯」。一見しただけでは、タバコ店なのか銭湯なのか分かりにくい。

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それもそのはず、75歳の木村周二さんと妻の由美子さんの2人で、タバコ店と銭湯の両方を切り盛りしているのだ。

木村周二さん:
風呂を営業許可持って始めたのは、確か大正6年の…何月やったかの…9月か10月頃か

遠く、はるかな昔に思いをしのばせるようにして周二さんは語る。

木村周二さん:
現存する中では、福岡でもずっと続いてるんやったら、持ち主が変わらず続いてるんやったら、うちが一番古いかもしれんです

年季の入った体重計、趣のある籐(とう)のかご。周二さんの祖父の手によって106年前に開店されて以来、周二さんの代まで歴史を紡いできた。しかし、押し寄せる時代の波にはあらがえない。

木村周二さん:
燃料がまた上がり始めてますよね。いま多分1,000リットルで税を入れたら10万円越すんやないですか?。いま、タバコはほとんど売れない。タバコもダメ、風呂もダメ。これじゃ、もうやっていけん

燃料代の高騰や周二さん自身の体力の衰え、そして後継者がいないことから、2023年の8月で閉店することを決めた。

木村由美子さん:
(周二さんは)おとなしい、おとなしい。きちょうめんだからね、私はどっちかというと雑

明るくおしゃべりな由美子さんと、寡黙で読書好きの周二さん。おしどり夫婦が二人三脚で銭湯を営んできた。

100年の歴史に幕…「泉湯」最後の日

そんな老舗銭湯の最後の日、8月31日。100年に渡る歴史に幕を下ろす日がやってきた。

木村周二さん:
いまさら設備に金かけても元とれんし、それやったら、もう閉めた方がええやろ

この日も、50年以上続けてきたいつものルーティーンで泉湯を開ける準備に取り掛かる。

木村周二さん:
きょうで最後です。もう油の心配せんでいいけ

最終日はあいにくの雨。いつも明るい妻の由美子さんも心配そうな表情を見せる。

木村由美子さん:
何人かは来てほしいね。やっぱり最後やけね。1人か2人とかやったら、それはがっくりくる、私

周二さんはお湯がたまるまでの約1時間、湯加減を調整しながらじっと待つ。由美子さんは、そんな周二さんをいすに腰掛けて見守る。

木村周二さん:
はい。あとはお客さん来るだけ

時間は午後4時。雨が降りしきる中、最後の営業が始まった。しかし、待てど暮らせど客は来ない。たまらず由美子さんが外に立ち声かけを始めた。

そんな時、周二さんの親戚が泉湯に立ち寄った。

周二さんの親戚:
私たちが小さい時は、いつも満員だった。懐かしいしね、小さい時からここにお風呂があるから、全くなくなるというのは寂しい

その後も、かつての常連客が商品券や果物を持ち寄って訪れ、木村さん夫婦をねぎらう。

木村周二さん:
きょうは無料。サービス、最後の

大勢の客が来たら体力的にさばききれない、という思いから、銭湯の無料開放は告知しなかった。

本を読みながらじっと客を待つ周二さん。

雨も弱まった頃、「こんにちは」という声が。この日、初めて訪れた客は女性だった。

女性客:
最後っていうから来たんですよ。ここが無くなったら、戸畑にもう銭湯が無い

不意に思いがあふれたのか、思わず目頭が熱くなる周二さん。それを由美子さんがのぞき込む。

木村由美子さん:
あんた、泣いてたろ?

木村周二さん:
泣いてないっちゃん!

木村由美子さん:
悲しそうな表情やった。口には出さんけどね、男やからね

結婚してから約50年。長年、苦楽を共にしてきたからこそ、由美子さんにしか見えない周二さんの「気持ち」がある。

雨がやんだ影響か、その後もポツポツと客が訪れた。

小学生の頃に来ていたお客さん:
近くのボロいアパートに小さい時から住んでて、それでずっと通ってて。体重計も小学校の時からそのままなんですよ

泉湯は、まるで時間が止まっているようだ。

木村由美子さん:
ちょっとゆっくりして、落ち着けるというのが本音

紡ぎ続けた歴史に一区切り

淡々と過ぎていく時間…。気付けば辺りは暗くなっていた。

「ありがとうございました」と最後の客を見送ったのは午後9時半。いつも通り後片付けが始まる。

木村周二さん:
もう、やっとこさ済んだと思うだけ

木村由美子さん:
よかった。10人以上は入った

木村周二さん:
まあ20人近くは入っとるけ

タバコを吸いながらおどけてみせる周二さん。最後はいつものように、客がいなくなった風呂で1人、汗を流す。

木村周二さん:
終わってみてホっとしてる。無事に終わったから。結局、日本人は温泉は好きやけど、公衆浴場はあまり好きじゃない。こんな湯つぼに漬かるよりは、若い人らはシャワーでいいって言って…。(歴史が)あたしで途切れたっていうのは残念やけど、いまの世の中の流れとして、公衆浴場はだんだんなくなっていく仕事やろうと思う

明治、大正、昭和、平成、そして令和と5つの時代をまたぎ106年間、地元の人たちに愛されてきた泉湯。

最後は、寡黙な周二さんとおしゃべりな由美子さんの手によって、そっと幕が下ろされた。

(テレビ西日本)

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