107年ぶりに慶応高校が日本一の座をつかみ取り幕を閉じた夏の甲子園。

「高校野球の新しい姿につながる勝利だったと思う」と優勝後のインタビューで森林貴彦監督は力強く語った。

慶応が目指してきた「常識を覆す野球」の土台を作った、前監督の上田誠さんに話を聞いた。

チームを支える教え子たち

ーー慶応の戦いぶりはどうだった?

一戦一戦成長していき、苦しい場面でも全員笑顔で相手をリスペクトして、良い野球をやってくれたと思って関心しています。

甲子園には慶応高校以外の慶応大学出身者の方たちもたくさん駆けつけて一緒に応援してくれて感動しました。アルプススタンドから野球を見るのは初めてだったので、満員で本当に楽しい時間でした。

慶応高校野球部前監督・上田誠さん
慶応高校野球部前監督・上田誠さん
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ーー慶応応援団の雰囲気はどうだった?

チームは何年ぶりという“壁”を破ってきたわけで、応援席はOBや関係者がどんどん増えて膨れ上がり、みんなの思いがグランドにいる選手に届いているといった感じがしました。

監督時代は中にいますから、相手のスタンドの声しか聞こえないんですよ。

プレーしている選手たちは慶応の応援が聞こえていますが、私は相手校の曲をいつも聞いて「いい感じで応援しているな」と思っていました。(笑)

ーー教え子たちが今はスタッフとして活躍だが?

慶応OBのみんなが支えてくれて、赤松衡樹部長は英語教員、星野友則副部長は理科教員、馬場祐一副部長は国語教員です。

それぞれがいろいろな経験を積んで教員として慶応高校に戻ってきて、野球部を手伝ってくれていて、それが一番うれしいです。教師冥利に尽きる思いです。

『日吉倶楽部』という野球部OB会の組織もあり、「金は出すけど口は出さない」といった形で精神的な支えになってくれています。それも非常に大きな力になっていると思います。

進化する「エンジョイ・ベースボール」

スローガンに「エンジョイ・ベースボール」を掲げ、快進撃を続けてきた慶応。

この表現は昭和初期にまで遡り、長い年月をかけて野球の環境が出来上がった、と上田さんは話す。

ピンチでも笑顔を見せる慶応の選手たち
ピンチでも笑顔を見せる慶応の選手たち

ーー上田さんが考える慶応の強さとは?

攻撃力、走力があり、守備もしっかりしていて、投手力も良く、物凄くバランスがとれているチームだと思います。

神奈川県という野球の激戦区を勝ち抜いたという点も大きいです。

東海大相模や横浜高校に勝たせていただいて甲子園にたどり着いているので、性根がすわってきたというか、試合をするたびに腹がすわって良い野球をやっていると感じました。

2年生エース 小宅雅己投手(時事)
2年生エース 小宅雅己投手(時事)

森林監督がたくさんの大学生のコーチをうまく機能させて野球を組み立てています。

また、大学の附属校ですから、大学に習うところが多く、大学の優秀な監督、助監督のやり方を見て勉強しているところも多いです。

先頭バッターでホームランを放った丸田湊斗選手(共同)
先頭バッターでホームランを放った丸田湊斗選手(共同)

ーー「エンジョイ・ベースボール」の考えは?

誤解されていることが多いのですが、昭和初期に日系人の大学の監督がいて、その方が、「日本の野球はあまりにも修業のようで武道みたいになっている。もうちょっと楽しくやっていいんじゃないか」ということで、「エンジョイ・ベースボール」という言葉を使って表現されました。

それを、この前亡くなった、野球の殿堂入りもされている大学野球部元監督の前田祐吉さんが野球界に広めようとされました。

慶応の応援席
慶応の応援席

その際、高校野球にも新しい風を吹き込むようにと言われ、僕も「エンジョイ・ベースボール」を掲げ、それを進化させてくれているのが森林監督だと思います。

ものすごい年月をかけてこういう風土が出来上がったというか、野球の環境が出来上がったんじゃないかなと思います。

春のセンバツでも対戦した慶応と仙台育英
春のセンバツでも対戦した慶応と仙台育英

ーー試合を通じてどういった点でそれを感じた?

もちろん勝つために全力でやっているんだけど、常に相手を称えて、相手の良いプレーには拍手を送っていました。

沖縄尚学戦では先制2ランを打たれましたが、相手のバッターが3塁からホームに向かっている間、3塁側のベンチの連中がみんな拍手していたので、「この試合は勝つな」と思いました。

気持ちを切り替える慶応ナイン
気持ちを切り替える慶応ナイン

僕が監督していた時よりもはるかに素晴らしいチームだと思います。
全てにおいてずば抜けているというか、決勝まで行くチームだなと思いながら見ていました。

ピッチャーが良く、キャッチャーのリードも良い。2塁手のキャプテン・大村くんも素晴らしい。

(時事)
(時事)

良いタイミングで野手を集めるし、内野の守備位置や考え方、外野手の肩など、全部含めて良いチームです。

精神面においても、以前からメンタルトレーニングは導入していましたが、最近は専門家に教えてもらっていて、すごく役に立っているんだと思います。

「ホームラン打てる選手になりなさい」

1991年から2015年まで慶応野球部を率いた上田さん。

今の森林貴彦監督も教え子の1人で、「足が速く、守備もうまく、野球が大好きな選手だった」と振り返る。

森林貴彦監督(時事)
森林貴彦監督(時事)

ーー森林監督との関係は?

僕が慶応高校野球部の監督になった時、今の森林監督は高校2年生でした。

足が速く、守備もうまく、大学でも続けることを勧めましたが、高校で指導者の道を歩みたいということで大学生コーチとして手伝ってくれました。

その後、一旦は一般企業に就職しましたが、自分の夢を捨てられなくて、筑波大学の大学院に通ってコーチングや体の仕組みなどを勉強して慶応に戻って来ました。

そこまで野球が好きでやりたいというのは素晴らしいことで、今回決勝に行ったのは当然だなと思いました。

ーー森林監督に受け継ぐ際のアドバイスは?

何もなかったです。(笑)

「こうしろ」なんていうのは一番ダメでしょ。
それまで監督と助監督という立場で一緒にやっていましたから、譲ったからには本人が自由にやるべきだと思っていました。

(共同)
(共同)

ーー上田さんが監督時代の指導方針は?

中学時代にコーチから「逆方向にゴロを打て」とか「バントしろ」とか教えられると、ちっちゃな選手になってしまう。だから選手たちには、「ホームラン打たないと使わないよ」というようなことを言っていました。

みんなバットを長く持って、ウエートトレーニングをしっかりやって、食事で体を大きくして、オーバーフェンスが打てるような選手になりなさいとずっと言ってきました。

きっと森林監督も同じように指導していると思います。