長い間“治療は困難”とされてきた、認知症の原因のおよそ7割を占めるアルツハイマー病。

このアルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ」について厚生労働省の専門部会は22日、国内で初めて製造販売の承認を了承した。

新薬の効果や投与対象となる患者の基準などについて、日本認知症学会理事長の東京大学・岩坪威教授に聞いた。

原因のタンパク質を取り除き進行抑制

ーーアルツハイマー病とはどのような病気?

アルツハイマー病は、高齢者の認知症の原因で1番多い疾患で、おそらく日本にも数百万人の患者がいるとみられています。

物忘れを中心に徐々に症状が進んでいき、ある一線を超えると認知症となります。

日本認知症学会理事長 東京大学・岩坪威教授
日本認知症学会理事長 東京大学・岩坪威教授
この記事の画像(14枚)

脳の中の神経細胞が早く老化して抜け落ちてしまうのが認知症、または、認知機能障害の原因ですが、特徴として2種類の異常なタンパク質が蓄積することで病気が起こります。

そのうちの1つが、「アミロイドβ」いうタンパク質です。

今回承認された新治療薬「レカネマブ」は、アミロイドβの固まったものを取り除く作用のある抗体薬です。

アルツハイマー病の新治療薬「レカネマブ」
アルツハイマー病の新治療薬「レカネマブ」

ーーどういった効果が期待できる?

アミロイドβが溜まってくると、何年もの間に神経細胞の“変性”という異常を起こしてきます。

「レカネマブ」を注射して一部が脳に届くと、溜まり始めているアミロイドβに結合して取り除く作用を強めます。

そうすることで、認知機能が徐々に低下して行くスピードに歯止めをかけ、進行を遅らせることができるわけです。

進行スピードを27%低下

エーザイとアメリカのバイオジェンが共同開発した「レカネマブ」。

これまでの臨床試験では、患者の症状を27%抑制できるとの結果が出ている。

ーー進行を抑制する薬で、治すものではない?

そうですね。
認知機能低下、認知症が全く正常に戻ると言うことではありません。

ただ、治療開始した時点から、進むスピードを確実に落とすことができます。
今回の治験では、1年半の間に進行速度を27%抑制できたという結果が出ています。

これは今まで達成されたことのない、非常にはっきりとした効果です。

(イメージ)
(イメージ)

ーーこれまでの治療薬は?

今までの治療薬には、神経細胞が抜け落ちるのを防ぐという作用は全くありませんでした。

足りなくなった物質を“補う”治療薬、つまり、対症療法薬は日本でも1999年ごろから使われていて、一番有名なのは「アリセプト(ドネペジル)」があります。

こうした“補う薬”しかなかったところに初めて、神経細胞が抜け落ちる速度を抑える、本質的なメカニズムに働きかける薬が出たわけです。

早期アルツハイマー病が対象

2025年には高齢者の約5人に1人、約700万人が患うとされる認知症。

「レカネマブ」は病気の進行を2~3年遅らせることができると期待される一方で、既に症状が進んだ人の治療はできず、早期に認知症を発見することが重要だと岩坪教授は話す。

ーーアルツハイマー病を疑うサインは?

アルツハイマー病の場合は、物忘れが一番最初に出てきて、経過を通じて記憶障害がはっきりと出てくることが多いです。

一般的に、人の名前を忘れるなど、年相応の物忘れというのはあまり気にしなくていいです。

ただ、家族と最近話したことをコロッと忘れてしまって1日に何度も同じことを聞くなど、物忘れの程度、頻度が徐々に強まっている場合は要注意です。

「何を探していたんだろう」とか、「何をしようとしていたんだろう」といった程度のことだったら年相応の物忘れですが、誕生日など大事なことを忘れたり、最近あった印象的な出来事を丸々忘れてしまうというのは要注意です。

また、見慣れたものがわからない、普段何気なくやっていることがだんだんおかしくなり、できないことが増えてくる場合は、家族が気付いてあげて、診察を受けた方がいいです。

(イメージ)
(イメージ)

ーー認知症にレベルはある?

認知症、あるいは、認知症の手前の段階で、いくつかに区分されています。

まず、医学的に認知症と診断するには、独立した日常生活ができているか、それとも、手助けをしないと日常生活が上手く進まないのか、といった所で線を引くことが多いです。

ですので、物忘れがかなりはっきり出ていても、まだ自分で独立して生活できている場合は、認知症と診断しないことが多いです。
この段階は、「軽度認知障害(MCI)」と呼び、認知症の手前の段階になります。

(イメージ)
(イメージ)

それがもう少し進んで、日常生活のさまざまな場面で手助けが必要になってくるところからが「認知症」ですが、程度が軽い場合は「軽度の認知症」となります。

レカネマブの対象は、「軽度認知障害(MCI)」から「軽度の認知症」までの方々です。
2つの連続した時期を合わせて「早期アルツハイマー病」と呼び、この方々に1年半投与したところ、27%の進行抑制ができたということです。

(イメージ)
(イメージ)

一方、「中等症」ないし「重症」レベルになった人は、残念ながら、初期の神経細胞が壊れる引き金となるアミロイドβを抑えるということは、有効でないと考えられています。

料理上手だった人がうまくできなくなる、洗濯掃除ができない、場所がわからず時々迷子になってしまう、排便や身だしなみを整えることができないなどといったことが、いろいろな組み合わせでたくさん出てくると、これは「中等症以上」という可能性があります。

その場合は、今回の薬の適用にはなりません。

脳のむくみや出血などの副作用

これまでの臨床試験で、患者の症状を27%抑制した「レカネマブ」だが、一方で、脳のむくみや出血などの副作用も確認されている。

ーー効果が期待される一方、副作用などの懸念材料は?

1つは、アミロイドβに対する抗体薬特有の副作用で、「ARIA(アミロイド関連画像異常)」というものが出てくる場合があります。

これは脳の中に一時的にですが、むくみが出たり、場合によっては小さな出血が起こるといった、血管に対する副作用です。

レカネマブの場合、むくみの副作用は12~13%ほど出たというデータがあります。
その8割までは全く症状がなくて、画像検査で一時的に認められたものです。

しかしごく稀ですが、かなり重症化して意識障害や合併症を起こし、命に関わったケースも治験の前後で1、2例は報告されています。

ーー薬の効果とリスクをどう考える?

薬は、ベネフィットとリスクのバランスが十分にとれていないと使えません。

今回の治験結果を見ると、認知機能低下のスピードは確実に遅くすることができています。
また、「ARIA(アミロイド関連画像異常)」といった副作用についても、十分に管理できるということで、バランス的には利得の方に傾いています。

だから、アメリカでも日本でも薬として承認して良いという判断になったんだと思います。

(イメージ)
(イメージ)

「レカネマブ」は画期的な薬です。
アルツハイマー病の進んでいくメカニズムに沿った新しい薬ですが、診断には、脳の中に「アミロイドβ」が溜まっていることを証明しておく必要があります。

今まで研究でしか使われていないような新しい診断法を広げて、皆さんに受けてもらうようにするのも1つの課題だと思います。

(イメージ)
(イメージ)

「PETスキャン」という画像診断法か、採血のように注射針を腰の骨の間から入れて脳脊髄液を採取する「脳脊髄液検査」のいずれかの方法でアミロイドβを証明しなくてはいけません。

これは研究でしか行われて来ていないものなので、今後、広げる必要があります。

また、今回の薬は、月に2回通っていただいて、点滴注射で投与することになります。
安定して続けていくために、病院はスペースや体制を準備することが1つ具体的な課題になります。