Eメールで返信をするときに、「インラインにて(で)失礼します」という一言を見かけることがある。

引用返信(インライン返信)とは、相手のメール文を引用して返信する方法。質問に対する回答漏れなどがないようにするために行うことが多いかもしれない。 この「インラインにて失礼します」だが、一部ではビジネスマナーとされているようだ。

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)
この記事の画像(6枚)

一方、Twitterでは「インラインにて失礼します」に関するつぶやきがしばしばあり、「引用返信の何が失礼なのかわからない」と疑問を持っている人もいる。

またネット上には、メールの引用返信に関するマナー記事はあるが、この疑問にはっきりと回答したものは見つけられなかった。

そんな中で、なぜ「インラインにて失礼します」が使われるのだろうか。日本語学の中でも、言語表現の意味が文脈によってどのように変化するのかを研究する「語用論」を専門とする創価大学文学部の山岡政紀教授に話を聞いた。

引用返信を不快に感じる人は約3割

――まず、先生は「インラインにて失礼します」という表現を使う?また、見たことがある?

引用返信は自分も使い、同僚や友人もよく使いますが、「インラインにて失礼します」の表現は私自身は一度も使ったことがなく、たぶん受け取ったこともないと思います。


――引用返信にはどのような「失礼」があると考えられる?

私が主に社会人を対象に最近行ったアンケート調査で、引用返信を受け取った際に不快と感じると回答した人にその理由を尋ねたところ、「簡略化されていて、心がこもっていない」「わざわざ重ねて同じ内容を言ってくることで、こちらの無知さや幼稚さ、質問の程度の低さなどを言われているような気持ちになる」「自分の書いた文をそのまま使われることが相手側が手を抜いているように感じられるから」「サイトの『よくある質問』のような機械的な返答のように感じる」などの回答がありました。

整理すると、(1)簡略で心がこもっていない。(2)自分の文がそのまま利用される違和感。(3)当然のことを指摘されるような感覚。だいたいこの3項目の理由に集約されそうです。


――なぜ引用返信を不快に感じる人とそうでない人が分かれる?

アンケート調査では引用返信を「わかりやすくてよい」等、肯定的な印象を回答した人が46.9%、「(場合によっては/たいてい)不快に感じる」と回答した人が28.1%、「何とも感じない」と回答した人が25.0%でした。つまり、引用返信を肯定的に捉えている人の方が不快に感じる人より多かったのです。

(提供:山岡政紀教授)

引用返信には往信のどの部分に対する返信であるかを正確に伝える効果があるため、そうした「わかりやすさ」から引用返信を歓迎する人が一定数いるようです。概して情報の正確さを重視する人は引用返信を好み、文章の温かみや誠実さといった人間的要素を重視する人は引用返信を嫌うと言えそうです。

配慮したつもりが「やぶへび」になる可能性も?

――この一文は、相手に対してどのような配慮と効果があると思う?

まず、「失礼します」は場を立ち去る際の挨拶や入退室の挨拶などで多用されます。実際に失礼かどうかというより、慣習化した便利な配慮表現と言えます。

手紙やメールでは「突然のメール、失礼します」「ご多忙(お休み)のところ失礼します」「たびたび(何度も)失礼します」のように、「○○失礼します」と前置きすることが冒頭文の慣習の一つとなっています。これらは文字通り相手に何らかの負担をかける可能性に配慮した表現ですが、実際に負担かどうかが問題なわけではなく、相手への配慮を示すことに意味があります。

「インラインにて失礼します」もこれに類するもので、インラインを用いることが相手に不快感を与える可能性を念頭に置いて、そのことに対する配慮を示しておく配慮表現と言えます。

受け手も配慮されていること自体は悪い気はしないはずですが、受け手が「インライン」という言葉を知らない場合、何か失礼なことをされているのだろうかと勘繰ってしまう「やぶへび」のような効果が少しあるようです。

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)

――「インライン」という言葉に「引用」という意味はないのに、なぜこのような表現が使われていると思う?

メールの引用返信を「インライン」と呼ぶようになった詳しい経緯は今のところ確定してはいませんが、インターネットでリンク先に直接飛ぶリンク方法がインラインリンク(inline linking=直リンク)と呼ばれており、本文中にリンク先のコードを埋め込むという特徴が引用返信と似ているので、この用語が応用されて使われるようになったというのは一つの可能性として考えられると思います。

「インラインにて失礼します」に当たる英語はない

――なぜこの表現が広まった?

誰かが規範を示したものではなく、自然発生的に広まった表現であり、自分がインライン返信を受け取って不快に感じたことがある人が慣習的な配慮表現「○○失礼します」を応用する形で「インラインにて(で)失礼します」との表現を用いるようになったと推測されます。

自然発生的な表現でも便利な表現だと思われれば急速に慣習化していくのですが、インライン返信の場合それを不快に思う人とそうでない人に分かれるため、この表現に対する反応も千差万別で、この先、配慮表現として確立していくのかどうかも未知数という不安定な状態が現在の状態ではないかと思います。

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)

――英語にもこのような表現はあるの?

そもそも「○○失礼します」に当たる慣習的な表現が英語にはありません。比較的近いものとしては、メールの冒頭によく”I am sorry to interrupt your job.”(お仕事中にすみません)と書いてくるアメリカ人の友人がいますが、珍しいほうです。むしろ英語では、”Thank you for your quick reply.”(早速の返信ありがとう),” I appreciate your reading the entire email.”(全文読んでくれてありがとう)などのように、謝罪より感謝の言葉を積極的に配慮表現として用いることが多いのが特徴です。

「それな」も「配慮表現」の仲間

――「配慮表現」とは、そもそもどういうもの?

「配慮表現」とは簡潔に言えば、「対人コミュニケーションにおいて相手との関係をなるべく良好に保つために用いられる慣習的表現」です。

具体的には、贈り物を贈る際の「つまらないものですが」、依頼を引き受ける際の「お安い御用です」などのように成句として慣習化しているもののほかに、依頼や勧誘を断るときに使う「ちょっと」、相手の気遣いを和らげようとするときの「ぜんぜん」などのように単語レベルで配慮表現となっているものもあります。

若者言葉の「それな」や「あーね」も賛同や共感を表す配慮表現です。


――他にも、ふだん使っているけれど実は不思議な配慮表現はある?

たくさんあります。「おつかれさま」もその一つで、もともと仕事終わりのねぎらいなどに用いていた言葉ですが、近年は出会いの挨拶にも用いるようになりました。まだ疲れていないはずの朝の挨拶にも使うところが興味深い現象です。これは相手への共感が挨拶表現として慣習化した配慮表現の事例です。

ほかには、学生が「くどいかもだけど」という前置きを用いるのを耳にして驚いたり、「まちがいない」を賛同の意思表示に用いていたり、若者言葉のなかには配慮表現と呼べそうなものが豊富に含まれていて、大学では毎日学生の会話に耳をそばだてています。

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)

「インラインにて(で)失礼します」を使う意義は、仮に相手が不快に思った場合への配慮を示しておくことだったようだ。定着するかは未知数のようだが、場面に応じて使ってもいいかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。