新型コロナウイルス感染症が5類扱いとなり、かつての活気を取り戻しつつある現在。リモートワークや事業のIT化など産業構造や営業形態が変化を遂げるなか、その在り方を問われているのが「ナイトタイムエコノミー」だ。

ナイトタイムエコノミーとは、夜間を中心に営業活動を行う事業のこと。よく知られている事業体としてはクラブ、バー、飲食店やカラオケ、ミュージカルなどが該当する。

これらの業態は2016年の「風営法改正」とコロナ禍の影響で、大きな変革を迎えようとしている。

法的観点から環境整備をしているナイトタイムエコノミー推進協議会代表・齋藤貴弘氏に話を聞いた。

きっかけは2016年の風営法改正

「2016年に風営法が改正されたことはご存知でしょうか。名前だけはご存知の方が多いかと思いますが、制定されたのは1948年と古く、その当時多く来日していたアメリカ兵の息抜きの場として栄えた、ダンスホール等を規制することを主な目的として施行されました。

ダンスホール等の営業を抑制した理由は、戦後の傷も癒えず日本人全体が貧しかった当時、アメリカ兵を相手にした性産業従事者が多かったためです。つまり売春の温床となりうる場所を規制したかったのです」

同氏によると2016年改正以前、風営法に該当する商業形態では、そもそも深夜12時以降の営業は禁止。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)
この記事の画像(4枚)

ダンスを提供する営業をするには夜12時前であったとしても風俗営業許可を取る必要があり、夜12時以降はダンスのみならずライブミュージックも提供できないルールとなっていた。

経済復興を経て、人々の生活が安定し就労状況や社会環境が変わっても、問題の焦点である戦後直後を想定した条文は改正されていなかった。

「クラブなどの夜の産業と聞くと、朝まで営業しているイメージをお持ちの方が多いかと思いますが、正式にはこうした営業形態は改正前は違法だったのです。法律的には検挙対象ではあるが、多くの場合は見逃されているという“ねじれた”状態だったのです。

しかし、2011年ごろにナイトクラブやライブハウス等が風営法違反により一斉摘発される事例が相次ぎました。これには業界内外からの強い反発がありました。確かに違法な営業形態であったかもしれませんが、それは法律が時代にそぐわなくなっていた側面は無視できません」

風営法の影響はダンス界隈にも

齋藤氏は続ける。

「深夜営業の規制に関する不満もありましたが、ダンス関係の事業に関わる人からも法改正への強い声が上がりました。

意外かもしれませんが風営法に該当する事業には、社交ダンスやサルサといったダンス教室の活動も含まれていました。彼らが公民館などを借りて合法にダンス教室や大会を行うことも難しかったのです」

こうした各業界の人からの声に加えて、故・坂本龍一氏などアーティストの力添えもあってようやく2016年に改正となった風営法。

この年の法改正ではダンス事業が規制対象種目から外れ、2024年のパリオリンピックの正式種目に追加されたブレイクダンスの盛り上がりなど、メジャーなスポーツ活動として活動の幅を広げることに繋がった。

業界にようやく当たった光に陰りが…

法改正により変化を遂げたのはダンス事業だけではない。夜の事業を観光として盛り上げようという活動が始まりはじめたのだ。

「2017年、2018年には観光庁が夜間の観光産業推進をしていくため、夜間を活用した観光モデル事業を支援するなど政策化が進みました。東京、大阪といった大都市だけでなく地方部へも、お祭りや花火といった地域文化を活用した観光誘致を目的として推進が行われました」

さらに2019〜20年には、観光客の誘致策としてだけではなく、文化や街づくりの観点からもナイトタイムエコノミー推進の議論が盛り上がりを見せていたという。

「ナイトタイムエコノミーの議論は、様々な文化を生み出してきた草の根のミュージックベニューを風営法から守る運動が起点でしたし、アムステルダムやベルリン、ロンドンといったナイトタイムエコノミーの先進都市を見ても、文化やライフスタイルの多様性や包摂性を重要視しており、観光産業という特定産業の推進のためのものではありませでした。

そんな多角的な視点を忘れず、国として、ナイトタイムに関わる事業を支援して盛り立てていこう。そんな気運が年々高まり続けていました」

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

しかしその勢いは2020年に急速に終わりを告げる。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け不要不急の活動は制限され、夜に関連する事業は大きく活動を制限されることとなった。

「夜間の事業に関する社会からの厳しい指摘は皆さんの知るところです。クラブなどは大人数が狭い場所に集まって接近することが多いため、密になりやすいという判断もあったのでしょう。

営業を抑制されたこれらの事業者に対する支援は薄かったのですが、風営法改正をきっかけにできたライブハウスやナイトクラブ、ミュージックバーの事業者団体などが政府に対して経済支援の要請を行い、徐々に手当は拡充されていきました」

活動の場を奪われたことに加えて、夜の界隈で働く人々にとってこたえたのは、自分たちの仕事の価値を世間で否定されたことも大きいと言う。

「文化は守るべき財産であり、日本の良さはコンテンツ力にあると言われていたのに、いざとなると不要不急の活動だと手のひらを返されてしまう。公共衛生と人々の健康を守るためとはいえ、自分が心血を注いで関わっている事柄の価値を否定されてしまい、ショックを受けた方は多いのではないでしょうか」

これからのナイトエコノミーはどうなる?

不遇の時代を経て、夜の事業に関わる人の中ではある議論が持ち上がっていた。

「コロナ禍の活動制限があったため、自分たちの今後を考えた人が増えたのではないでしょうか。夜間の仕事に従事する人も同様で、自分たちにとって夜にはどんな価値があったのか、問い直す人たちが増えたのです。

経済活動が通常に戻りつつある今、ナイトエコノミー界隈では『コロナ禍以前にまで活動を戻そう』というよりも、価値の根源を揺るがす時期を経たからこそ、自分たちが確信した、夜に活動するアイデンティティーを具現化する試みが広がっています。

一度、失ったからこそ夜の場が果たしていた役割がわかったのではないでしょうか。夜の街は単に生活の収入源になるだけではなく、作品の発表のステージであり、鑑賞者とつながるギャラリーでもあり、インスピレーションを受けるアートスペースでもありました」

このような声を、アフターコロナのナイトタイムエコノミーにいかしていくため、ナイトタイムエコノミー推進協議会は虎ノ門ヒルズなど都市の再開発を手掛ける森ビルなどの協力を得て、街づくりの観点と夜の事業を掛け合わせた可能性を探るワークショップを2022年から継続的に開催。

普段は交流することの少ない、街づくりを手掛けるデベロッパーとDJやクリエイター、ミュージシャンが直に意見交換をする貴重な場となった。ボトムアップの意見で街づくりが行われる、第一歩だ。

「今はまだインバウンド対策としてナイトエコノミーを使ってはどうかという議論になりがちです。経済活性化の機能として求められている側面が大きい。しかし、訪日外国人以外の日本人にとっても夜の立ち位置は変わっているのではないでしょうか。

コロナ前は都心にオフィスがあり、会社帰りにサラリーマンが飲み会で周辺の飲食店を使用していました。しかし今はリモートワークが進んでいますし、飲みニケーションの文化が廃れたきらいがあります。オフィス街ほど空洞化が進んでいるとも言えるでしょう」

だからこそ今、街づくりの観点や文化の発信拠点としてもう一度、夜の時間を見直す時期にきたのではないかと考えている。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

「以前の夜の楽しみは、多様性に欠けていたと言われています。会社員で上司や部下がいて、アルコールが飲めて、という人にとっては使い勝手の良い夜の街が作られていたと思います。

しかし、そこに会社に属していない人、多くの時間を家庭で過ごす人、お年寄りや子どもが安全に楽しめる場所を作ろうという視点は少なかったのではないでしょうか。家族で夜に楽しむ娯楽も家の外ではまだまだ限られています。オフィス中心の街づくりではこうしたニーズは拾えません」

海外ではウェルビーイングの文脈で夜の時間の価値を問い直すことも多いという。

「昼間は仕事や家庭のことで時間に追われています。その分、夜は時間を比較的自由に使え、昼間の役割から離れ、ゆったり思いのままに自分らしい時間を過ごしやすい。人生をより豊かにする視点で夜を見直してみてもいいのかもしれません」

夜の力で社会問題を解決する

毎週3日間、夜の19時に東京・神楽坂にある書店「かもめブックス」には様々なパンが並ぶ。

「夜のパン屋さん」では都内のパン屋から閉店時間後に廃棄することになっていたパンを集め、書店の軒先で夜間に価格を下げて販売している。

ここは就労支援が必要な人たちが販売スタッフなどとして活躍する場でもある。齋藤氏によると「夜には社会問題を解決できる可能性がある」という。

「夜は他者に対して寛容でいられる時間だと感じています。ナイトクラブは昼間の世界に馴染めない人を受け止める機能があったのだと考えています」

ナイトクラブのルーツとされるNYのThe Loftは、オーナーがかつて自身が育った孤児院を再現した場所だったという。孤児院でシスターが流す音楽の前では誰もが平等だった。

The Loftは、NYを代表する著名アーティストやDJを多数輩出し、その後のクラブカルチャーの源流となっていったが、それは人種や性別、職業の区別なく受け入れる寛容性、そして寛容性に裏付けられた表現の実験性や創造性があってのことであろう。

「日本では昼間の社会から取り残されてしまっている人も多い。夜はそんな学校や会社、組織にうまく属せない人を抱合する役割を持てるのではないでしょうか。

コロナ禍で外出ができず家に閉じ込められていた要因もあってか、2020年には例年の統計学的な予想値よりも男女全体で25%も自殺率が上がっていると言うデータもあります。

昼間とは違う場所の使い方を夜に設けることで、排除されやすい人もつながれる、新しい夜の体験を作っていく。日本はそれを考えるタイミングに来ているのではないでしょうか」

同氏は続ける。

「夜は昼間とは異なる光を当てる力があるのです」

(取材・文:遠山怜)

齋藤貴弘
齋藤貴弘

ナイトタイムエコノミー推進協議会・代表