2018年に甚大な被害をもたらした西日本豪雨や同じく未曾有の被害をもたらした去年の台風19号の教訓を踏まえ、政府は6月、新たな洪水対策を打ち出した。検討会議で菅官房長官はこう強調した。

「ダムの有効貯水容量のうち水害対策に使うことができる容量をこれまでの約3割から約6割へと倍増することが出来た。拡大できた容量は50年、5000億円以上をかけた八ッ場ダム50個分に相当する」

既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会議・4日

菅長官が言及した「八ッ場ダム50個分のダムの容量の増加」は東京ドームに換算すると3664個分だが、これはどういうことなのか。出水期に入り、本格的な台風シーズンを目前に控えた今、どこでも起きうる身近な脅威である洪水への対策を紐解き、考えていきたい。

貯水容量確保は“ほぼ空のダム”がヒント

台風19号で氾濫した福島県の阿武隈川・2019年

台風19号が東日本を中心に甚大な被害をもたらした直後の去年秋、政府内では洪水を防ぐためにダムのある機能に注目していた。それは一言で言うと膨大な雨水をためる“貯水能力”であり、その能力を向上させることだった。

台風19号の襲来当時、各地のダムは貯水機能が上限に達する“満杯”に近い状態となり緊急放流を余儀なくされ、各地の河川が増水し、氾濫や堤防決壊の要因となった。これを防ぐにはどうしたらいいのか、対策が練られたのだった。

緊急放流を余儀なくされたダムの一つに神奈川県相模原市にある城山ダム(管轄:神奈川県等)がある。当時、城山ダムは、下流の増水を抑えるために、ダムに流入した水を放流せずため込んでおく「洪水調節」が可能な容量はダムの総容量の50.3%、約半分しかなかった。そのため、台風19号ではダムが満杯状態になってしまい、ダムの決壊などを防ぐため豪雨の当日に緊急放流せざるを得なくなった。それにより放流先の相模川は一気に増水し、氾濫の危険が生じたのであった。

神奈川県相模原市の城山ダム・2019年10月

当時、こうしたダムの緊急放流は大雨のさなか各地で行われた。いずれも想定を超えた雨量によってギリギリの判断を余儀なくされ、被害拡大を招く要因にもなったのだった。台風接近前に事前放流ができなかった理由としては、水道用水、発電用水、農業用水など、縦割りの水管理の構造があったようだ。 

一方で、この台風の際に洪水調節が有効に機能したため緊急放流を免れ、水害抑止に役立ったとされるダムがあった。それが冒頭に紹介した群馬県の八ッ場ダムだった。

建設途中の八ッ場ダム・2019年

八ッ場ダムは2020年3月末に完成したばかりだ。台風19号が襲った当時は、貯水の試験が行われていた最中で、ほぼ空の状態だった。そのため豪雨により満杯に近い状態まで雨が貯水されたものの、緊急放流の必要に迫られることはなかった。 

群馬県の八ッ場ダム・5月

その結果、関東地方を流れる利根川やその支流となる江戸川は水位に比較的余裕があったとされ、国土交通省によると利根川では観測史上最高水位を記録したものの、八ッ場ダムを含む上流の複数のダムの効果で下流の水位は1メートル下がったという。

緊急放流を余儀なくされた城山ダムなどと緊急放流をせずに済んだ八ッ場ダムの違い。未曾有の大雨の中で見えたのは、ダムの貯水容量が河川の氾濫の危険性を左右する一つの要因になるということだった。

“霞ヶ関のあるある”縦割り打破で、半年で“倍“の注水容量確保

一方で、ならば雨量をあらかじめ予測し、大雨になる前に事前放流してダムの容量を確保すればいいのではないかという議論があるだろうが、それは簡単なことではなかった。水利権を巡り、農業用ダムは農林水産省、治水・利水ダムは国土交通省、発電用のダムは経済産業省が所管するほか、都道府県や市町村が管理するダムも少なくない。このため、放流に関する事前了解を得ようにも、それぞれのダムで手続きがバラバラで、時間を要するのが実情だったという。

ダムの放流

このため政府は今年1月から、まずは1級河川を管轄するダムを対象に、現在の洪水調節容量を追加でどれだけ確保できるのか、事前放流の条件等を各ダム管理者や利水者等と協議し、協定を締結し、河川を管理する国土交通省が責任を持ち、事前放流を一元管理することに力を入れた。加えて、事前放流が空振りとなり水不足が生じた場合等には利水者への補償を行うことも盛り込んだ。 

この一連の取組に対し、政府の調整担当者は「それぞれのダムの目的で縦割りで長年にわたって運用してきたため、すべての関係者の理解を得るのは通常であれば無理だったが、去年の台風19号を踏まえて内閣官房を中心に調整を進め、半年で押し切った」と菅長官肝いりの政策の意味合いを語る。

これにより、上記で紹介した神奈川・相模原市の城山ダムの洪水調節の容量(事前放流できる容量)は50.3%から86.7%と9割近くにまで増やすことができるなど、相模川水系全体では25.5%から53.7%へ。東京ドーム69個分増えた。神奈川県によると台風19号と同等の降雨に対しては、水位を65センチ低下させることができ、緊急放流の回避が可能だと発表している。ほかにも、本流が長野や愛知、静岡を流れる天竜川水系では21.1%から81.2%、本流が奈良や大阪を流れる大和川水系では29.7%から63.2%と水害対策のために使えるダム容量が向上した。

この結果を全国の1級河川99水系全体で見ると、これまでの46億㎥から91億㎥と、水害対策に使える容量が全体の3割から6割に倍増した。これは大規模ダムの象徴である八ッ場ダムの50個分、東京ドーム3664個に相当するのである。これについて政府関係者は「全くお金をかけずに、わずか半年で、ダムの洪水対応能力を倍増させることができた。画期的だ」と成果を強調する。

AI=人工知能を活用した洪水対策とは

政府は1級河川に続いて、2級水系に関連する約350ダムについても同様の策を講じるよう進めているほか、AI=人工知能を活用して降雨量やダムへの流入量を精緻に予測し、ダムの放水量もAIを使って予測する研究開発を進めている。これにより、下流域の氾濫を防ぐため水位を効果的に低下させるよう、上流の複数のダムの最適運用が可能になるという。

一方で、課題としては、事前放流は3日前から行われる予定だが、周辺住民への周知をはじめとした情報発信等、自治体と協力した安全対策も必要不可欠になる。また、大雨を予測して洪水調節を行ったにも関わらず、予測通りの雨が降らなければ、ダムが干上がり水不足を引き起こすリスクも指摘されるだけに、正確な予測と運用が求められる。

茨城県那珂川の氾濫・2019年

異常気象毎年が相次ぎ、水害対策はまさに急務だ。その一環としてのダムの貯水容量強化は有効な策の一つだが、全国で稼働するダムは約1460あり、洪水対策はまだ十分とは言えない。災害はもはやいつどこで起きてもおかしくはない、多くの尊い命が失われた水害を教訓に私たち自身も自治体任せではなく自ら命を守る行動を改めて問い直したい。

(フジテレビ政治部 千田淳一)