リニア新幹線をめぐる静岡県の対応に、山梨県知事が不快感をあらわにした。JR東海が山梨県内で行っているボーリング調査を中止するよう、静岡県が求めたからだ。中止要請の理由は、静岡県の水が山梨県に流出する恐れがあるからだ。山梨県知事は「科学的根拠を示せ」と迫った。

山梨県内の調査に静岡県が中止要請

リニアが通る南アルプスを源流とする大井川
リニアが通る南アルプスを源流とする大井川
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リニア新幹線は、静岡県が大井川の流量減少の懸念などから県内の工事を認めず、開業の目途が立っていない。

JR東海のボーリング調査
JR東海のボーリング調査

高速長尺先進ボーリング調査は、リニア新幹線が通る南アルプス付近の地質や地下水について把握するため、JR東海が2023年2月21日から始めた。
静岡・山梨の県境から山梨県側800mの地点から県境に向かって堀り始め、県境まで掘り進む計画だ。2023年5月13日時点で、県境から583mのところまできた。

リニアが通る南アルプス
リニアが通る南アルプス

このボーリング調査について、静岡県は5月11日、県境から300mの地点でいったん止めるようJR東海に要請した。
山梨県内の調査について、山梨県の頭越しに要請したことに「不快感」を示したのが、山梨県の長崎幸太郎知事だ。

静岡県の地下水が山梨県に流出する恐れ

ボーリング調査には、静岡県は初めから反対だった。静岡県がリニア工事だけでなく、事前のボーリング調査にも反対する理由は、掘削により静岡県の地下水が山梨県側に流出する可能性があるからだ。調査は、こうした湧水の対処法を決めてから始めるべきだと主張する。

静岡県の川勝知事や担当者は、2023年2月28日の記者会見で、流出を心配する理由を説明した。

JR東海や静岡県の資料をもとに作成
JR東海や静岡県の資料をもとに作成

静岡県の「断層帯」及び「もろい区間」が、山梨県の「断層帯」及び「もろい区間」とつながっている可能性があるそうだ。このうち断層帯は非常に水を含んでいて突発湧水の恐れがあるという。

JR東海や静岡県の資料をもとに作成
JR東海や静岡県の資料をもとに作成

ボーリング調査で、山梨県側の断層帯等に穴が開き水が噴出すると、つながっている静岡県側の断層帯等からも地下水が水圧の関係で引っ張られ、山梨県側に流れ出てしまうことを心配している。
その断層帯等にあたらないようにするために、県境から300mのところで、ボーリング調査を止めてほしいというのだ。

山梨県内の湧水は誰のもの?

「ボーリング調査で流出する水が静岡県のものか、山梨県のものか」、「水を静岡県側に戻すかどうか」については、静岡県とJR東海の考え方は一致していない。
2023年4月26日に開かれた県の会議では、意見が対立する場面もあった。

リニア問題を協議する静岡県の会議(2023年4月)
リニア問題を協議する静岡県の会議(2023年4月)

4月26日時点でJR東海は県境から600m地点までボーリング調査が進んでいて、それまでの結果から「静岡県側から地下水が流出する可能性は低い」と説明した。

JR東海 中央新幹線推進本部・澤田尚夫副本部長
JR東海 中央新幹線推進本部・澤田尚夫副本部長

さらに「県境から100m~300mの地点の調査で もし地下水が出たとしても、それは山梨県のもので、いまのところ静岡県に戻す考えはない」と説明した。

JR東海 中央新幹線推進本部・澤田 尚夫 副本部長
県境から300mのところにある地下水は、“静岡県の水”ではなくて“山梨県の水”という考え方はないのかと思っている。ごく当たり前ではないかと思うのですが

静岡県・石川 英寛 政策推進担当部長
静岡県側から水が流出しているかどうか、その可能性はあるという前提だと思っています。可能性があって(水が)出てきた際には、どう返すかもあわせて議論すべきだと思っています

リニアの工事をめぐっては、県外に流出した水を戻す方策としてJR東海が示した田代ダムの取水抑制案についても、県とJR東海で認識の相違があり、ダムを管理する東京電力側との協議はまだ行われていない。

山梨県知事「我々の頭越しに何か言うのは遠慮して」

さて、5月11日の静岡県のボーリング調査中止要請に、山梨県の長崎知事は不快感を示した。

静岡県の中止要請の翌日に“不快感”表明(5月12日)
静岡県の中止要請の翌日に“不快感”表明(5月12日)

山梨県・長崎 幸太郎 知事
正直申し上げて、静岡県の議論には大変強い違和感を感じています

長崎知事は、「山梨県内での調査は、山梨県の責任のもと法令に反しない限り、最大限尊重されるべき」と話した。その上で「静岡県が規制をかけようとするのは常識的にはない」と憤りを見せた。

山梨県・長崎 幸太郎 知事
山梨県内の活動について、いかなる県であっても、我々の頭越しに何か言うのは遠慮願いたい。仮に規制するにしても規制するのは我々であって、我々が規制する場合には明白な科学的な根拠に基づいてやるのが筋だろう

また山梨県が関係するJR東海への要請であるのに、事前連絡がないことにも不快感を示した。

静岡県知事「水は県境を越えて動く。理解してもらえると…」

山梨県が不快感を示していることについて、川勝知事は5月15日の定例会見で「水の問題は行政区の範囲を超える」と持論を語り、長崎知事に理解を求めた。

静岡県・川勝平太知事
水の問題、川の問題、地下水の問題は行政区の範囲を超えて、水自体は県境を越えて動いているので、そういう理解は持ってもらえると思っています

一方で、山梨県への事前連絡が十分でなかったことについて「礼節を欠いた」と述べた。その上で、県の専門部会に山梨県もオブザーバーなどで参加してもらうよう、働きかけていく考えを示した。

山梨県知事が再び不快感

しかし川勝知事の「理解してもらえると思う」との期待は、すぐに潰えた。
翌16日に、長崎知事は再び憤りを見せた。
長崎知事は「山梨県内の民間事業における行政権は、国か山梨県にあるべき。静岡県が行政権を行使するなら、水が山梨県に流れ出る科学的根拠を示してほしい」と強調した。

2023年5月16日の会見
2023年5月16日の会見

山梨県・長崎知事
法的根拠を我々に示して頂かない限り、違和感は最後までぬぐいきれない。権限発動を求める静岡県がファクト(事実)とともに示すのが出発点。それを踏まえて、我々の視点で判断するのが順序だと思います

また静岡県の専門部会への山梨県の参加については「筋が違う」と答えた。

リニア中央新幹線・山梨実験線
リニア中央新幹線・山梨実験線

富士山を囲む「ふじのくに」として、いつもは連携している静岡県と山梨県の関係が、リニア新幹線でぎくしゃくしなければよいのだが…。

(テレビ静岡)