日本で初めて金が産出したことで知られる、宮城県涌谷町。かつて栄華を極めたこの町だが、2019年には町の国民健康保険病院への支出が膨らむなどして、財政を圧迫。財政非常事態宣言を発出するに至った。その3カ月には、現職の町長が急死。町はさらに揺れた。
あれから4年…。町の財政状況は改善されたのか、現状を追った。

この記事の画像(16枚)

財政非常事態宣言後 就任の町長・再選

任期満了に伴う涌谷町長選挙。4月23日投開票が行われ、現職の遠藤釈雄氏(72)が4000票あまりを獲得し再選を果たした。得票数は以下の通りだ。

現職・遠藤釈雄氏 (72)4028票【当選】
新人・佐々木敏雄氏(69)2255票
新人・小野寺孝氏 (52)  862票

4月に行われた任期満了に伴う町長選で再選を果たした遠藤釈雄氏(72)
4月に行われた任期満了に伴う町長選で再選を果たした遠藤釈雄氏(72)

4年前、現職町長の急死をへて、日程が前倒しされて行われた選挙で、初当選を果たした遠藤氏。かつては町議会の議長を務めていた。2期目に臨むにあたり、遠藤氏は、「少子高齢化、人口減少をどうするのか。厳しいけれども、大きな目標であり、必ず手掛けなければならない」と支持者を前に意気込みを語った。

財政非常事態宣言から4年

宮城県北部に位置する涌谷町。農業が盛んで、日本で初めて金が産出した町としても知られている。この町で2019年に出されたのが、「財政非常事態宣言」だ。
財政が赤字の際に取り崩して不足分を補う「財政調整基金」、いわゆる「町の貯金」が、枯渇する恐れがあるとしての宣言だった。大きな要因となったのが、慢性的な医師不足に苦しむ町の国民健康保険病院への繰り出し金の増加だ。

涌谷町 国民健康保険病院
涌谷町 国民健康保険病院

人口減少、医師不足、近隣病院との連携がうまく取れなかったこともあり、患者数が年々減少。ベッドの稼働率も、一時期65%ほどにまで落ち込んだ。収益が悪化したことで、2015年度以降、町の予算から年間4億円を超える支出が余儀なくされていたのだ。これは町の財政規模の約1割にあたる規模だ。

町の厳しい状況は「経常収支比率」で表れる。経常収支比率とは、一般財源における人件費や社会保障費など、削ることが難しい経費の割合を示すものだ。

適正な値の目安は70~80%。90%を超えると弾力性を欠くとされ、100%以上になると財政は硬直化し、自由に使える金が少なくなることを意味する。

涌谷町の経常収支比率は、2014年度以降95%前後を推移し、人口規模や産業構造で同規模と分類される全国の自治体の中で2016年度は最も高い数字、2017年度も2番目に高い数字となった。

財政状況改善へ 町の取り組み

こうした状況を受け、町は財政再建計画を立て、国民健康保険病院では、病院のベッドの一部を診療単価が高い地域包括ケア病床に切り替え、全体のベッド数を減らすなどの経営改善に取り組んできた。

また、町としても各種団体の協力を得て歳出の削減、ふるさと納税の強化などによる歳入の確保に取り組んだ。2019年度には、町からの返礼品を掲載するポータルサイトを追加。地元出身の人気声優がプロデュースする返礼品なども用意した。これらの取り組みで、2018年度まで、年間最大850万円ほどだった納税額を、2021年度は約3300万円までに伸ばすことに成功したという。

涌谷町HPより
涌谷町HPより

結果、2021年度の国民健康保険病院への繰り出し金は、2.5億円に。経常収支比率も78.6%に改善した。遠藤氏も23日、手応えを口にしていた。

涌谷町長 再選を果たした遠藤釈雄氏
涌谷町長 再選を果たした遠藤釈雄氏

遠藤釈雄氏:
私がこの4年間、財政をしっかりと担当して、はっきりと申し上げますが、ほぼ、整いました。本当に中身が整ったならば1日も早く(解除)というのが私の考えでございますので、遅くとも今年度中、できるなら今年中という気持ちです。病院の方の整う状態を見極めながら、早く解消したいなというのが私の方針でございます。

経常収支比率改善はコロナ禍によるもの?

一方、専門家は、改善された経常収支比率については次のように指摘する。

東北大学大学院 高齢経済社会研究センター長 吉田浩 教授
涌谷町の統計だけをみると、値が低下し改善しているように見えることは確か。しかし、全国の自治体まであわせてみると、2021年度の経常収支比率が一般的に低下しているので、涌谷町も新型コロナなどによる事業支出の減少というトレンドによる影響があるものと理解できる。各指標から推定されることは、涌谷町の財政収支の構造が転換したというよりも、一過性の要素が影響しているため、今後、コロナからの回復、高齢化の進展により財政支出の増大への対応を怠りなくする必要があると言える。

東北大学大学院 高齢経済社会研究センター長 吉田浩 教授
東北大学大学院 高齢経済社会研究センター長 吉田浩 教授

吉田教授が気になる指標と話すのが「財政力指数」。基礎的な財政支出を、地方交付税などに頼らず基礎的な財政収入でどの程度カバーできているかを示すもので、「1」に近づけば近づくほど、カバー出来ていることを意味している。

涌谷町の2021年度の財政力指数は「0.38」と、全国市町村の平均値の「0.5」、総務省が涌谷町と同規模と分類した33の類似自治体の平均値「0.49」と比べても、非常に低い数字となっている。吉田教授は「支出が回復したときに収入が追い付ける構造であるのか」が重要だと話す。

東北大学大学院 高齢経済社会研究センター長 吉田浩 教授
一時的に各種指標の値が低下したことで、緊張感を解いてしまうと、次に危機に瀕した時点で、もはや身動きが取れない財政構造に陥ってしまう危険がある。将来を見越して、財政の体力強化に取り組み続けることが必要。財政非常事態宣言を解除するのであれば、10年後、20年後の高齢化した人口構造のもとでも町の財政収支や行政活動が維持できるという見積もりもあわせて提示する必要があると言える。

減少の一途をたどる涌谷町の人口は、1万4901人(※2023年2月時点)。先だって、町全体が過疎地域に指定され、高齢化率はおよそ4割となっている。遠藤氏が2期目に取り組むとした「少子高齢化、人口減少の対応」は手腕が問われる問題だ。

遠藤釈雄氏:
少子高齢化については、財政再建の100倍以上難しいと思っておりますけれども、ただ、皆様方の尽力の中で少しずつ、横並びでしっかりと、兄弟のようにともに手を取って助け合っていきたいとそのように思っております。必ず明るい街にしたいと思っております。

決意を新たにした一方で、遠藤氏の口から問題解決に向けた具体策が語られることはなかった。5月には、約3年にわたって世界で猛威を振るった新型コロナも、感染症法上の分類が、季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げられる。町の支出も再び増えることになるだろう。具体的な対策を取らなければ、再び財政を圧迫する恐れもある。一方、地方の過疎化、高齢化、厳しい財政状況は、全国的な課題となっている。来るべき時代を見据えた「明確なビジョン」が求められているのは、涌谷町だけに限った話ではない。

(仙台放送)

仙台放送
仙台放送

宮城の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。