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在京テレビ局や新聞社などが加盟する日本新聞協会は11日、メディアスクラムに対する申し合わせを公表しました。去年7月の京都アニメーション放火殺人事件や去年5月に川崎市でおきた小学生児童らの殺傷事件で、ご遺族や関係者の取材に記者らが詰めかけるメディアスクラムが発生したことを受けてまとめられました。

申し合わせではメディアスクラムを防止するために、現場で記者が協議して代表を決めて取材を申し入れる、状況によっては代表取材にすることをあげています。また取材現場での振る舞いに注意し、車や機材が交通の妨げにならないように配慮することなどもあげています。

一方で取材の自由が前提であることにも触れていて、メディアスクラムが発生しそうな時に現場の記者が発案してその防止に努めることが必要だとしています。

京都アニメーション事件や川崎の殺傷事件では代表を決めて取材できたこともありましたが、拒否されることも多くありました。メディアスクラムはもちろん避けなければなりませんが、取材されるかたの心情に配慮し苦痛に感じさせることがあってはなりません。実名報道についても丁寧に説明し、人々に必要とされる報道を継続することが信頼につながると考えています。

                 フジテレビ報道局取材センター室長兼社会部長 青木良樹

メディアスクラム防止のための申し合わせ

2020(令和2)年6月11日

メディアスクラム防止のための申し合わせ

一般社団法人日本新聞協会編集委員会

2019年7月に起きた「京都アニメーション放火殺人事件」で、報道機関が犠牲者36人を実名で報道したことに対して、賛否両論が起きました。遺族の多くが、実名報道を拒否する意向を示したからでした。

 報道機関が、特に社会的影響の大きい事案で被害者を原則として実名で報じるのは、実名が事実の核心であり、正確な報道に不可欠であるからです。報道の真実性や訴求力を高めて公共の利益に資するためであり、被害者がかけがえのない存在であることを示す意味もあります。

 事件や事故が起きた際、だれの身の上に何が起き、それに対して社会は、国はどう対応したのかを記録することは、報道の重要な役割です。事件・事故を歴史の記録にとどめるうえで、だれが被害を受けたのかという事実は、基本的な要素です。

 被害者の実名が公表されなくなり、「匿名社会」化がさらに進めば、人々は世の中で何が起きているのかを正確に知ることが困難になります。被害者の実名が公表され、被害者や遺族の声が伝えられることは、事件・事故の原因を究明し、そのことを通じてよりよい社会を考えていくうえで必要なことなのです。

その一方で、取材によって被害者や遺族の方々に負担をお掛けしてしまうケースがあり、実名報道を拒否される背景の一つとなっていることも確かです。日本新聞協会は、2001年12月に「集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解」を発表し、メディアスクラム(集団的過熱取材)の未然防止に取り組んできました。この間、加盟各社は、メディアスクラム防止の取り組みを積み重ねてきており、これによって状況が改善されたところもあると考えますが、なお、一層の努力が必要な状況であることも否めません。

そこで、2001年の見解をさらに一歩進めて、被害者等の負担軽減を図るため、加盟各社は以下のような対応を基本として、節度と良識ある取材が行われるよう努力してまいります。

 加盟各社は、事件・事故の被害者や遺族等の関係者に多数の記者が殺到し、メディアスクラムが発生することが確実とみられる場合は、現場レベルで協議してメディアスクラムの発生を防ぐよう万全の措置を講じます。

 各地の取材で行われている実例としては、新聞・通信社と、テレビ局からそれぞれ代表社を選び、代表社が各社からの質問を取りまとめたうえ、取材対象者に取材の申し込みを行って、記者会見や囲み取材に応じてもらえないか打診し、記者会見や囲み取材は困難という意向が示された場合は、代表取材を申し込む、という方法があります。このような取材方法は、メディアスクラムの回避に一定の効果を上げてきました。

 加盟各社は、こうした事例を標準的な対応方法として参照しながら、事件ごとに工夫し、誠意をもって関係者の負担軽減に努めていきます。現場レベルで調整がつかない場合は、日本新聞協会の集団的過熱取材対策小委員会等の横断的組織を協議の場として積極的に活用し対応していきます。

また、メディアスクラム防止のために対応した事例については、加盟各社で共有し、教訓として生かすため、集団的過熱取材対策小委員会等で必要に応じて検証する機会を持つこととします。

2001年の見解では、「遺族や関係者の心情を踏みにじらないよう十分配慮するとともに、服装や態度などにも留意する」等、取材時のマナーについても定めていますが、いまだに取材現場での振る舞いや、取材車両や機材が交通に支障をきたすことなどについて批判をいただくことがあります。加盟各社はこうした声を謙虚に受け止め、犠牲者や遺族等に対する敬意を持って取材がなされるよう、引き続き記者教育に力を入れるとともに、関係者や周辺住民の心情や生活環境を害するような行為がなされないよう努めます。

 なお、上記のメディアスクラム防止対策は、メディアスクラムの発生が現実のものとなりつつある場合に行われるものであり、それ以外のケースで、各社が自由に取材の努力をすることを妨げるものではありません。本来取材活動は自由なものであり、各報道機関がそれぞれの視点から多角的に報道することによって、事件・事故の全体像がよりよく明らかにされると考えます。今回の申し合わせも、こうした目的の実現を目指したものにほかなりません。

以上

◇参考 最近のメディアスクラム対応事例

【座間9人殺害事件】

神奈川県座間市のアパートで行方不明となっていた女性ら9人が遺体で発見され(2017年10月)、住人の男が死体遺棄容疑で逮捕されました。各社の取材や警察の身元公表で判明した被害者宅や周辺を多数の記者が取材するメディアスクラムとなることがあり、9人の被害者遺族が報道各社に取材の自粛要請をしました。要請文は、「過熱した取材、報道が繰り返され、連日自宅への報道関係者の訪問や家族への電話、被害者の学校や近隣住人への取材が繰り返され、遺族は耐えがたい苦痛を感じている」、「取材によって日々の生活も困難な状況となっており、心身ともに疲弊しきっている」などの内容でした。 これを受け、多くの報道機関が遺族への直接取材を自粛しました。

【川崎・児童ら20人殺傷事件】

川崎市多摩区でスクールバスを待つ小学生や保護者が男に刃物で襲われ、2人が死亡し、18人が重軽傷を負った事件(2019年5月28日)では、被害者のうち1人の自宅の前にメディアが集まり、遺族が自宅から出たときにメディアスクラム状態となり取材を拒否されました。直後に現場の記者が協議し「1.新聞1社、テレビ1社で声掛けを行い取材の可否を確認する 2.取材が可能であれば近くで待機する各社を呼ぶが、無理なら呼ばずコメントなどを取り各社と共有する」――ことで合意しました。帰宅した遺族に2社が取材し、「落ち着いたら記者クラブを通じてコメントを出す」との回答を得て、翌日、「本来であれば、取材にお応えし、我々の気持ちをお話しすべきところですが、今は全く気持ちの整理がつかない状態で、失ったもののあまりの大きさと深い悲しみに打ちひしがれています」などのコメントが寄せられました。

【京都アニメーション放火殺人事件】

京都アニメーション放火殺人事件(2019年7月18日)では、犠牲者数が多数に上り、事件発生当初からメディアスクラムが懸念されたため、事件発生の3日後、京都府警新聞記者クラブでは「1.取材を拒否している被害者・遺族の意向は、加盟各社間で共有するよう努める 2.取材への負担を軽減するため、被害者・遺族取材について、複数の社が取材を行う可能性が高い場合には、なるべく各社まとめた形での取材を行う 3.独自取材を妨げるものではない」―等を申し合わせました。

8月2日、一部の被害者の実名が公表された後もメディアスクラムをめぐる話し合いは続き、各社の支局長などで構成する在洛新聞放送編集責任者会議で「1.遺族・関係者に取材の可否を確認する際は、新聞・通信社1社、テレビ1社が代表して行う 2.その際、取材側の意図、人数、方法を詳細に伝える」――等を申し合わせました。

 府警クラブでも、同会議の合意事項を具体化していく協議が行われ、8月27日の2回目の公表後の取材では、あらかじめ決めておいた取材対象者の自宅近くの集合場所に来た各社の中から、新聞・通信社1社、テレビ1社の代表を決め、代表社が遺族らの取材への意向を確認する方法が取られましたが、ほとんどの遺族が取材拒否の意向でした。

(フジテレビ報道局取材センター室長兼社会部長 青木良樹)

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。