東京電力福島第一原発にたまり続ける処理水。日本政府は、2023年春から夏ごろ、海へ放出を始めると表明している。一方、風評被害に苦しむ漁業関係者の「理解」は、いまだ得られていないと言える。宮城県内の水産関係者も、様々な複雑な感情を抱え、その日に備えている。

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「水産者は泣き寝入り…」現場漁師の葛藤

松島湾でワカメ漁を営む赤間さん
松島湾でワカメ漁を営む赤間さん

シーズンも終盤に差し掛かった松島湾のワカメ漁。漁師の赤間廣志さん。政府が打ち出した福島第一原発の処理水放出の方針に強く反対している。

赤間廣志さん:
水産者はいつも泣き寝入りでしょ。普段から「海はゴミ捨て場」という意識なんだろうな。捨てる方は。本当は一番大事なんだけどね。漁業、農業は自然を活用した「なりわい」ですから、ものすごく憤りを感じます。

震災後、風評被害で苦しんだと話す赤間さん。国が示す対策には期待していないと肩を落とす。

赤間廣志さん:
そもそも風評被害というのは、目で見えるものでもないし、重さとかがあるわけではないし。どうやって払拭していくのか、これは難しいですよね。「風評対策します」と言っても、具体的にどのような手順でするのか…。はっきり言って、信用しがたい。

現場漁師たちが不安と葛藤を抱える中、政府は2023年1月、処理水の放出時期について「春から夏ごろを見込む」と表明した。そもそも、海に放出されるものはどんなものなのだろうか。
下記工程をへたうえで、海に流すとされている。

1.核燃料冷却で発生する「汚染水」
福島第一原発では、東日本大震災でメルトダウンが発生。燃料が溶けだす事態となった。これを冷却する水と地下水が混じり、高濃度の放射性物質を含む「汚染水」になる。

2.放射線濃度を下げた「処理水」
発生した汚染水に対し、複数の設備で放射性物質の濃度を下げる浄化処理が行われる。この処理によって、ほとんどの放射性物質を取り除くことが可能だ。一方で、「トリチウム」を除去することはできない。この状態の水を「処理水」と呼ぶ。

3.海水で希釈
上記措置で発生した処理水をそのまま海洋放出するわけではない。東電によると、海洋放出する際には、「処理水」を、海水で100倍以上に希釈する。

これらの措置をへて海に流される処理水のトリチウムの濃度は、「1リットルあたり1500ベクレル未満」。これは国の安全基準の1/40未満で、国際的な飲料水の基準の1/7程度だ。
では、浄化処理で取り除くことのできない、「トリチウム」とは、どんな物質なのか。

経済産業省によるALPS処理水の説明(経済産業省HPより)
経済産業省によるALPS処理水の説明(経済産業省HPより)

トリチウムは、水道水や雨水、私たちの体にも、少なからず含まれる、自然界に大量に発生している放射性物質だ。一方、毒性は弱く、紙1枚を通すこともできない。実際は、世界中の原子力発電所からも海に放出されている。

例えば、お隣韓国の月城原発では、年間71兆ベクレル。カナダのブルース原発では年間1190兆ベクレル。フランスのラ・アーグ再処理施設では、年間1京ベクレルものトリチウムが、海中や大気中に放出されている。年間22兆ベクレルと想定される福島第一原発の処理水のトリチウムとは、けた違いの数字であることは明白だ。これらの原発周辺で、重大な健康被害が報告されたケースはいまだない。

世界の原発からトリチウムは放出されている
世界の原発からトリチウムは放出されている

処理水放出巡る様々な懸念

東電は「安全基準を満たしているから」「国際基準より低い数字だから」と説明する。一方で、海をなりわいとしている人たちからすれば、それだけでは片づけられない問題だ。東日本大震災から復興の途上にある宮城県内の漁業も他人事ではない。

例えば、韓国では、福島第一原発の事故を受け、福島や宮城など、8つの県の水産物の輸入を禁止している。韓国が最大の輸出先となっていた宮城県内産のホヤは震災の発生以降、一度も輸出できていない。

震災前は韓国が最大の輸出先だった宮城のホヤ
震災前は韓国が最大の輸出先だった宮城のホヤ

影響は韓国だけにとどまらない可能性も大いにある。宮城県石巻市にある水産加工会社では、アメリカや、アジア10カ国ほどにホタテなどの加工品を輸出している。3月まで社長を務めていた高田慎司さんは、2年前の政府発表の際に感じた「反応の大きさ」を今も覚えていると話す。

ヤマナカ 高田慎司さん
ヤマナカ 高田慎司さん

ヤマナカ 高田慎司さん:
放出方針が報じられたときに、すごく反応を示したのが僕らの知っている限り、中国をはじめとする中華圏の国々、そして韓国。

高田さんが入手したという香港の小売店に貼られていたチラシには、兵庫県産のカキの商品にわざわざ「無汚染」と表記されていた。

政府発表の2カ月ほど前には、香港にも出店していた大手スーパーマーケットにカキの加工品の輸出が決まっていたが、発表を受けて破談になったこともあったという。高田さんは「やりづらさが出るのは否めない」とした上で、販路拡大などに活路を見い出したいと話す。

ヤマナカ 高田慎司さん:
風評が出てこない海外の国はいっぱいあるので、そういう国をターゲットにするとか、いろんなやり方はあると思うんですよね、僕はそっちを選びたいと思っています。

地元自治体が了承してスタートした、海洋放出に必要な海底トンネルの工事も、掘削機が1キロ沖の出口付近に到達。貫通に向けて掘り進める最終工程に入る。原発の敷地内にある設備を含め、6月末には、ハード面での準備は整う見通しだ。

4月の時点で1000基を超えるタンクに、約133万トンの処理水を保管している福島第一原発。その量は総容量の97%にあたり、施設内の保管には限界が近づいてきている。放出のタイミングはいつになるのか…。関係者が納得できる、丁寧な対応が求められている。まさに「待ったなし」だ。

(仙台放送)

仙台放送
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