「田舎の素朴な女の子」

ノーベル平和賞受賞が決まったナディア・ムラドさん
ノーベル平和賞受賞が決まったナディア・ムラドさん
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今年のノーベル平和賞に紛争地域で性暴力の被害に遭った女性を支援しているイラクのナディア・ムラドさんの受賞が決まった。

2015年6月 イラクの難民キャンプでナディアさん取材
2015年6月 イラクの難民キャンプでナディアさん取材

“田舎の素朴な女の子”

2015年6月にイラク北部の難民キャンプで初めてナディア・ムラドさんに出会った時の私の印象だった。ヤジディー教徒のナディアさんは強い絆で結ばれた親族たちに囲まれて時折、はにかむような笑顔を見せていた。そんな彼女は数ヶ月前までイスラム国の性奴隷として私の想像を絶する経験をしていたのだった。
 

「悪魔を崇拝する異端者」

 
 

2014年 8月15日、当時19歳の学生だったナディアさんが住むイラク北西部のコーチョ村に突然、イスラム国の戦闘員が大挙して押し寄せ、村に住むヤジディー教徒たちを「悪魔を崇拝する異端者」として拘束した。イスラム教への改宗を拒否した男性や老人たちは殺害され、ナディアさんを含む若い女性たちはイスラム国支配地域を転々とさせられた後にモスルへと連行された。

モスル市内にある、かつてはキリスト教徒が住んでいたと思われる民家に63人のヤジディー教徒の女の子達が監禁されていた。その中には10〜12歳の子供もいたという。

「皆、恐怖で怯えていていました。一人の戦闘員が私に触ってきたので、抵抗するとタバコの火を胸に押し付けられました」
 

イスラム国の性奴隷として暮らす日々

ナディアさんはセルマンという名前の戦闘員と結婚させられ、毎日のように性暴力を受けたという。与えられる食事はパンと缶詰だけ、病気になっても病院へは行けずに性暴力は続けられた。
「家の護衛や運転手からも性暴力を受け、時にはゴムホースなどで殴られました。そして他の戦闘員の相手を強要され、セルマンは戦闘員から200ドルを受け取っていました」

難民キャンプで親族に囲まれて暮らすナディアさん(2015年)
難民キャンプで親族に囲まれて暮らすナディアさん(2015年)

11月、戦闘員の隙を突いて逃げたナディアさんはイスラム国を支持していない住民に助けられて支配地域から脱出することに成功した。しかしナディアさんの母親を含む30人の親族は行方がわからず、解放された後もイスラム国の戦闘員から受けた肉体的、精神的な深い傷は癒えず、夜になると思い出しては泣いていたという。

私が取材した時は、彼女自身と捉えられた親族の身を案じて顔を撮らないで欲しいと言われ、イスラム国に怯えて暮らしていたのだった。
 

国連の親善大使として活躍

親善大使として国連でスピーチするナディアさん
親善大使として国連でスピーチするナディアさん

その後、ドイツへと逃れたナディアさんはメディアを通して、イスラム国に捉えられた性奴隷の惨状を世界に向けて訴え続けた。2015年12月には国連安保理事会でイスラム国に受けた自らの体験を証言し、性暴力や人身売買を告発した。

23歳で国連親善大使に就任したナディアさんは勢力的にヤジディー教徒の現状を訴え続け、イラク国内の難民キャンプを訪問しては、被害を受けた人々を勇気づけてきた。イスラム国から命を狙われることを覚悟の上での勇気ある行動だった。

今年のノーベル平和賞を受賞したことで、ナディアさんは今まで以上に世界の注目を浴びることになったが、彼女にとって重要なのは受賞したことよりも、現在も行方のわからない3000人を超える性奴隷や子供達の救出と、性暴力の被害を受けた女性達の支援だ。 ナディアさんはこれからも命がけで世界に向けて虐殺や性暴力の根絶を訴え続ける。
 

(執筆:報道カメラマン 横田徹)
 

横田徹
横田徹

報道カメラマン