死刑囚が57年間にわたり無実を訴え再審を求めている、いわゆる袴田事件で、13日 東京高裁は再審を認める決定を出した。有罪の決め手となった重要証拠について、捜査機関の“ねつ造”の疑いを指摘した。元検事の若狭勝弁護士は、この東京高裁の決定について、「裁判をやり直し無罪に向かうべきとするメッセージだ」と読み解く。

「検察にとってかなり痛手」

みそ会社専務一家4人殺人事件の現場(1966年・旧清水市)
みそ会社専務一家4人殺人事件の現場(1966年・旧清水市)
この記事の画像(14枚)

1966年 静岡県の旧清水市でみそ会社専務一家4人が殺され、当時 従業員だった袴田巖さんが逮捕された。事件から1年2カ月後にみそタンクから見つかった血の付いた衣類が袴田さんが犯行時に着ていたものとされ、これが有罪の決め手となって死刑が言い渡された。

逮捕当時30歳(左)だった袴田さんは87歳に
逮捕当時30歳(左)だった袴田さんは87歳に

袴田さんは無実を訴え続けて裁判のやり直しを求め、事件から57年たった2023年3月 東京高裁は再審開始を認める決定をだした。

― 東京高裁の再審開始決定についての感想は?

再審開始決定を喜ぶ姉・ひで子さん(2023年・東京高裁)
再審開始決定を喜ぶ姉・ひで子さん(2023年・東京高裁)

若狭勝 弁護士(元東京地検特捜部副部長)
東京高裁の決定は、(袴田さんが)無罪、冤罪であるということを色濃く表す決定だったと思う。検察にとってはかなり痛手、想定以上だったのでは。東京高裁の決定は、「冤罪、証拠が作られているのではないか」という判断が示されている。それについては、検察側はショックを隠せないのではないかと思う

― 若狭弁護士にとっても「想定以上」だったか?

若狭勝 弁護士
私自身は2022年12月頃からの東京高裁の動き、具体的には東京高裁の裁判長が袴田さんに直接会って話を聞いたり、あるいは静岡地検に東京高裁の裁判長が自ら赴いて検察の実験を自分の目で確かめているので、「再審開始決定の方に動いているのでは」と思っていた。私の中では、ある意味、想定どおりだった

“血痕の色” 弁護側の主張認める

事件1年2カ月後に会社のみそタンクで見つかった衣類
事件1年2カ月後に会社のみそタンクで見つかった衣類

今回の審理の争点は、袴田さんが犯行の際に着ていたとされた衣類についた血痕の色だ。
長期間みそ漬けにされた場合、着衣の血痕に赤みが残るかが争点だった。

審理では専門家の知見を踏まえ、弁護団は「赤みは残らず黒い色になる」、検察側は「赤みが残る可能性がある」と主張してきた。
これに対し、東京高裁は13日、「赤みが消失する」と、弁護団の主張に沿った判断を示した。
その理由について、「専門家の知見によって合理的に推測することができる」とした。長期間みそに漬かった犯行着衣であれば「赤みは消え黒くなる」と、判断したわけだ。

その結果、事件から1年2カ月後に見つかった5点の衣類について、「袴田さん以外の第三者がタンク内に隠してみそ漬けにした可能性も否定できない」としている。そして、この第三者には捜査機関も含まれ、「事実上 捜査機関による可能性が極めて高い」と、かなり踏み込んだ決定内容となっている。

― 検察に“厳しい”文言 どう受け止める?

若狭勝 弁護士
今後始まる再審の裁判を見据えた、今回の高裁の決定だったと思う。“ねつ造”という言葉を使っていないが、捜査機関によって証拠が作られた可能性にかなり強く踏み込んでいる決定だった。それを踏まえれば、再審の裁判においても、当然これはもう「無罪という方向に傾いていくべきだ」というメッセージが、今回の決定に読み取れるような思いがしている

検察側の今後の対応は?

事件が発生したのは1966年6月で、間もなく発生から57年になる。袴田さんは裁判で一貫して無実を訴えて再審を求めてきた。
2014年に静岡地裁が再審開始決定を出し、13日の東京高裁が2回目の再審開始決定だ。

再審開始決定を受けて、東京高検は「検察官の主張が認められなかったことは遺憾である。決定の内容を精査し、適切に対処したい」と、コメントしている。
東京高検が特別抗告をするかどうか、手続きの期限は3月20日までだ。
特別抗告した場合は、最高裁で改めて再審を開始するのか審理が続けられる。
特別抗告しない場合は、静岡地裁で再審、やり直しの裁判が始まる。

― 元検察官として、検察の対応をどうみる?

若狭弁護士「検察は再審の土俵で主張を」
若狭弁護士「検察は再審の土俵で主張を」

若狭勝弁護士(元東京地検検事)
東京高検としては特別抗告をしたい気持ちはあると思うが、現実問題として特別抗告するのは難しいと思う。
理由としては、すでにこの事件は最高裁まで行って、(2020年に)最高裁から「5点の着衣の血痕の色、赤みが消えるのか残るのかという点について、もっとよく審理をしなさい」ということで、最高裁から東京高裁に差し戻された。
そういう経緯があるので、今回の高裁決定は、最高裁が出してきた宿題に対して答えたことになる。その宿題に答えたものを、今度また検察が最高裁に「いや待って、もう一度 最高裁で判断して」ということは、もう繰り返しを求めるようなものだ。
そうなると時間だけどんどん過ぎ去っていくので、それでいいのだろうかという批判が起きかねない。
検察としては再審という裁判が今後用意されているのであれば、その土俵で自分たちの主張をすればいいという判断に傾く可能性があると思うし、私としては元検事としてやっていた立場であったとしても、やはり再審という土俵で今後進めるべきだと思う。検察としても難しい判断が求められると思う

袴田事件の裁判で何を学ぶべきか?

袴田巖さん
袴田巖さん

若狭勝 弁護士
今回の袴田事件というのは、死刑判決が出たところに大きな特徴がある。刑事裁判というものは、証拠が作られることによって場合によっては死刑判決がなされてしまう。それだけ裁判官にしろ、検事にしろ、人間だからあやまちがあるんだということにきちんと着目して、今後、刑事裁判、特に死刑制度、あるいは死刑の言い渡しというのが、どういう形で出されるべきかを、もう一度 我々に投げかけてきている、それだけ大きな重みのある東京高裁の決定だと思う

― 再審のあり方について

再審開始決定を喜ぶ弁護団(2023年3月・東京高裁)
再審開始決定を喜ぶ弁護団(2023年3月・東京高裁)

若狭勝 弁護士
再審法(刑事訴訟法の再審規定)の中で、証拠開示の問題と、検察が不服申し立てをすることをもっと制限すべきではないかという問題がある。
証拠開示については、検察も昔に比べると証拠開示というのを他の事件でもよく行ってきていると思う。証拠開示が一般の事件で最近かなり認められてきているとすれば、再審も「推定無罪」というのをどこかで働かせて、証拠開示をもっと進めるべきだと思う。
ただ、無制限に証拠開示を全面的にすると、それによって本当の真犯人が処罰できなくなってしまう恐れもあるので、みんなが知恵を絞って、証拠開示がどの程度どういう時になされるべきかを、もっと議論を深めることが必要だ

(テレビ静岡)

テレビ静岡
テレビ静岡

静岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。