愛媛・大洲市で建設計画が進む“山鳥坂ダム”。その水没予定地になっている地域に300年以上前から伝わる神楽がある。
ダム計画にともない高台に移転した舞台施設で、初めて舞を奉納する住民たちに密着した。

ダムに沈むふるさと…住民たちの思い

静かな山里が年に一度だけにぎわう夜。大洲市肱川町の岩谷地区に伝わる「山鳥坂鎮縄神楽」だ。毎年8月に行われる夜神楽には、地域住民の倍以上300人もの人々が集まる。

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観客:
(神楽は)小さいころから見てます。思い出がいっぱいある場所なので、みんなで楽しんでます

観客:
毎年に近いぐらい来ます。お盆の楽しみです

神楽保存会のメンバーの1人・山下光幸さん(69)は、大阪で電気工事の仕事をしていたが、40年前にふるさと・岩谷に帰ってきた。

山下光幸さん:
大阪から時々帰るというわけにはいかんので、そこの辺が心配ではあったもんじゃから、ずっと大阪というのもどうかな思たり、(気持ちは)半分半分じゃったですよ。ふるさと無くしては帰る所が無くなる

これまで、夜神楽の舞台は1999年に閉校した岩谷小学校。最後の児童数は3人だった。山下さんの長男・直人さん(32)もその1人で、地域の貴重な若手として保存会に参加している。

山下直人さん(1999年)
山下直人さん(1999年)

山下直人さん:
難しいです。きょうが初めてです。やってみたいです。最初はできないですけど、徐々にできると思います

山下直人さん(2015年)
山下直人さん(2015年)

神楽保存会のメンバーは11人で、最高齢は会長の城戸寿賀身さん。2015年のこの時、91歳だった。

神楽保存会・城戸寿賀身会長:
(神楽を)子や孫にも伝えてもらって、やっていただきたいと思っております

岩谷地区は山鳥坂ダムの予定地で、毎年、夜神楽を披露してきた小学校跡地も水没することになった。神楽保存会のメンバーも水没で立ち退く人と岩谷に残る人に分かれ、会長の城戸さんも水没で立ち退くことに…。

神楽保存会・城戸寿賀身会長:
きょうを一つの区切りとして出ていかんと、仕方がなかろう

2018年11月、水没地区から住民がいなくなった。

「神楽を守りたい」新しい場所で初めての“舞”を

2022年8月、この1年に亡くなった人を供養する行事「施餓鬼」が行われた。

保存会の山下さんの母・ムメコさんも、2022年8月に97歳で亡くなった。山下さんはいま、長男の直人さんと、この家に2人で暮らしている。食事中でも、2人の話題は神楽のこと。

山下直人さん:
将来的には父の背中を追っていこうかなというので、助けてあげたいなという気持ちで。力になってお神楽を(守りたい)

岩谷地区では、水没する公民館に代わり、高台に新しい自治センターが完成。そこには、神楽を披露するための「神楽殿」も併設された。

“新しい自治センターでも、みんなに神楽を見てほしい”。山下さんたちは11月に祝賀会を開き、神楽を奉納することにした。そして、新しい自治センターでの練習が始まった。直人さんが担当するのは「二天の舞」。小太刀を手に、2人で舞う演目だ。

山下光幸さん:
「あれ見たことないんじゃけど誰ぜ?」言われて、「うちの息子よ」言うたら、「本当かい。ええわい、そりゃ」言いよった人もあったです。基本はできとるんじゃから、あとの細かいところ

山下光幸さん:
自分で工夫したらええけんのと言うたりはします。もうちょっと大きく見せる。大きく見せるようなやり方をしたらどうかと言いよるぐらいです

持ちなれない刀を体の一部に、スケールの大きな舞に見せられるように。直人さんの練習は続いた。

11月13日、神楽本番祝賀会の当日。新しい自治センターには、地元住民や立ち退いた人など70人が集まった。そこには、神楽保存会の最長老・城戸寿賀身さんの姿も。

岩屋地区で暮らす・山根春重さん:
お神楽の主なんですよ。96歳じゃと元気なでなあ。わしら81歳でヘロヘロしよる。城戸さん千両役者じゃった

こども神楽がお祝いに花を添えて、いよいよ直人さんの出番、「二天の舞」。

直人さんは、太鼓のリズムに合わせて堂々と舞を披露。そして、ベテランメンバーの見せ場は「大蛇(おろち)退治」。スサノオノミコトが大蛇に酒を飲ませ、首を打ち取る大立ち回りだ。

神楽を見終わった保存会の城戸さんは、指で丸を作って満足げな様子だった。

岩屋地区で暮らす・山根春重さん:
楽しかったです、久しぶりに。大勢おるゆうたら夜神楽の時だけじゃったんです

山下光幸さん:
(直人さんが)できればやってくれたら助かるし、今後もやってくれたらええなと思います

山下直人さん:
最高だと思いますよ。次も教えてもらいながら先輩といきたいなと思っています

変わっていく町の、変わらない神楽。
300年にわたり、住民たちが舞伝えてきた神楽は、水没してゆくこの場所に、確かにふるさとがあったことを伝え続ける。

※城戸寿賀身さんの「身」は左側に「にんべん」

(テレビ愛媛)

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