性感染症「梅毒」の患者数が、年間を通じて初めて1万人を超えたことがわかった。
キスでも感染する強い感染力があり、妊娠中の女性は胎児の「先天梅毒」も危惧される。
一方、1回の注射で完治する治療法が、2021年に日本でも承認された。
「海外から持ち込み」「性風俗産業から拡大」説あったが…
「バラ疹」と呼ばれる、赤茶色の発疹などが出る性感染症の「梅毒」。
この記事の画像(8枚)国立感染症研究所が、2022年に報告された「梅毒」感染者数が、累計で1万141人との速報値を11月1日に発表した。現在の調査方法になった1999年以降、年間で1万人を超えたのは初めて。
梅毒は、2010年頃までは年間数百例しかなかったが、2010年代以降は増加の一途をたどっている。
年代別では、女性は20代と30代が75%を占める。特に多いのが20代前半。年齢的に、妊娠・出産の時期と重なっていることが懸念される。
男性は20代から50代まで、幅広い年齢層で患者が増えている。
性風俗産業から感染拡大しているとの見方もあるが、「梅毒」患者には、性風俗産業の利用歴のない男性、従事歴のない女性も、それぞれ約3割いる。
一時、「梅毒がまん延している国からの旅行者が持ち込んでいる」という風説もあったが、コロナ禍で“鎖国状態”になって以降も、患者数は増加している。
マッチングアプリなどで出会った不特定多数との性行為の増加が要因ではないかという見方もあるが、感染拡大の理由はひとつではないと思われる。
「1回の性交」でも高い感染リスク…キスやコップでも!
「梅毒」の病原体「梅毒トレポネーマ」は、性行為によって接触した粘膜や皮膚の小さな傷などから侵入する。
その感染力は、HIVなど他の性病と比べて非常に強い。
たった1回の性交で感染する可能性は、15~30%と非常に高い。
また、オーラルセックスで咽頭部に感染したり、アナルセックスで直腸に感染するなど、性行為の方法によって性器以外の場所にも感染する。
くちびる等に「梅毒」の病変部分がある場合は、キスでも感染する。
感染者とのコップや箸の使い回し、皮膚に傷のある状態での愛撫でも感染の可能性はある。
潜伏期間でも、感染者の粘膜や傷のある皮膚に直接触れることで感染することがある。
「自然に治った」…勘違いして性交渉を繰り返すことも
「梅毒」の症状は、感染から「3週間後」「3ヵ月後」「3年後」の3期に分類される。
3週間後の【第1期】では、陰部・くちびる等の感染した部位に、小さなしこりや潰瘍ができ、少し遅れて股の付け根部分のリンパ節が腫れてくる。
しかし、これらの症状は痛みや痒みが無く、放置しても2~3週間で消えてしまう。
感染しても、「何かあったけど、自然に治ったな」と勘違いしたまま、あるいは感染に気付かないまま、性交渉をしてしまい、知らず知らずのうちに感染拡大を引き起こしてしまう危険性が高い。
先述したように、くちびるに病変部分があれば、キスでも感染してしまう。
だから、思わず見過ごしてしまいそうな【第1期】こそが、最も危険な時期とされている。
やがてブツブツの発疹が全身に広がり…
【第1期】 の症状が消えた後、梅毒の病原体は全身に広がっていく。
そして3か月後の【第2期】では、発疹というかたちで全身に表れる。
顔や手足にピンク色の円形のあざが出来たり、「バラ疹」と言われる赤茶色の盛り上がったブツブツが全身に広がる。
多くの感染者が、この段階で慌てて病院に駆け込むことになる。
そして「梅毒」は、この【第2期】までに治療することが肝要となる。
と言うのも、【第2期】以降、何と約3年間は無症状で経過してしまうからである。
3年以上経った【第3期】では、ゴム腫などといわれる大きなしこりが出来る。さらに進行すると、心臓、血管、神経、精神、目などに重い障害が現れ、場合によっては死に至ることがある。
以前はよく「梅毒が進行すると鼻が落ちる」などと言われたが、【第3期】のゴム腫が鼻骨にできると、崩れたり陥没することがある。
ただ、現在では【第3期】に進行する患者さんは、ほとんどいない。
“過去1年間”の性交渉相手も検査を
妊娠中の女性が感染すると、無治療の場合、40%は流産や死産となり、出産した場合も、肝臓や目、耳に先天性の障害を引き起こす「先天梅毒」が危惧される。胎児が胎盤を通して感染するリスクは、60~80%と極めて高確率だ。
気になることがある場合は、早めに血液検査を受けることが重要だ。
また、残念ながら「梅毒」は、一度治っても何回でも感染してしまう疾患だ。
したがって、特定のパートナーがいるのなら、その人も血液検査をしなければならない。自分だけ治療を行っても、パートナーが感染していたら、感染を繰り返してしまう。
【第1期】の場合は、過去3カ月間に性的接触をもった全ての相手に、【第2期】の場合は、過去1年間の全ての相手に感染の危険性がある。本来は、これらの人も検査を受ける必要があり、それが本人のためでもある。
1回の注射で完治可能に
梅毒の治療法は2つある。
ひとつは、服薬(ペニシリン系抗菌薬)での治療。1日3回、毎食後に服用する。期間は症状の進行によって4週間から12週間程度。
もうひとつは、2021年に日本でも承認された、筋肉注射による治療。
こちらは、投与1回で治療することが可能(後期梅毒に対しては3回投与も)。18ゲージという太い針での注射だが、お尻に注射するため、直接その針を見ることなく接種できる。
感染が広がる「梅毒」は、誰でもかかるリスクがある。しかし、きちんと治療すれば完治する病気でもある。
「不特定多数との性行為」や「性交渉の相手の皮膚や粘膜に異常があった」など、気になることがある人は、ちゅうちょせず皮膚科に、性器に症状があれば、泌尿器科または婦人科、性病科に早めの受診を。
(かなまち慈優クリニック 院長・医学博士 高山 哲朗)