11月12日(土)夕刻、福岡PayPayドーム。ミュージシャンの桑田佳祐さん(66)の5大ドームツアー初日だ。東京ドームの2公演に落選した記者だったが、運良く、福岡公演に当選。嬉しいことにアリーナ席だ。
「きょうは、中々、座らせてくれない」

「きょうのライブは、中々、座らせてくれないね」隣席の中年紳士が、嬉しい悲鳴をあげている。確かに、腰痛持ちの記者の”腰”も助けを求めている。なぜなら、ライブ開始から立ちっぱなしなのだ。
実は、サザンオールスターズ&桑田佳祐ファンにとって、近年のライブには、ちゃんと”休憩時間”が設けられている。公演中に、みんなが、一斉に、席に座り始める時間帯があるのだ。かつてのライブでは考えられない光景だ。
いつ頃からだろうか。言い出しっぺは、桑田さんの方だった。「みんな、もう良い歳なんだから、座りなさいよ。きょうは長くなるよ」とか、「せっかく高いお金を出したんだから、席に座らないと、もったいないよ」等々。桑田節で、客席に、そう語りかけ始めたのだ。
これには、ファンの側も驚いた。最初は、恐る恐る、腰を下ろしていたものだ。何となく罪悪感もあった。そのうち、スローテンポの曲を、席に座って、ゆっくり聞くのも、悪くないことに気づき始めた。
52歳が”平均年齢”?
サザン・桑田のファン層は、すっかり高年齢化している。52歳の記者が、ちょうど平均年齢ぐらいではないか。客席を、白髪紳士や、ふくよかになったご婦人たちが占めている。いつの間にか、この貴重な”休憩時間”が、F1のピットインのような役割となった。
ところが、この日のライブは、中々、”休憩時間”が訪れなかった。私たちファンを、座らせてくれないのだ。連発されるシングル曲や名曲。翌日のスポーツ紙には、「ヒット曲のオンパレード」の文字が躍っているに違いない。ただ、お馴染みの曲だけではなかった。
「この曲、ライブで聞いたことあったかな?」とか、「このアレンジは初めて」とか。ファンを座らせない仕掛けが盛りだくさんだ。「『明日晴れるかな』は、ここで歌うのか」や、「この『BAN BAN BAN」』はスゴい」。多くの驚きもあった。
「今年も色々ありました」

公演前、記者は、複雑な心境に駆られていた。桑田さんに多大な影響を与えた、加山雄三さん、吉田拓郎さんが、形は違えど、一線を退く決断をしたのだ。そして、サザン・桑田になくてはならない、アントニオ猪木さんが、79歳で亡くなった。桑田さんは、どんな思いで、ステージに立つのか・・・。
そんな記者の気持ちを察したかのように、桑田さんは、「今年も色々ありましたけどね」と、少し寂しそうに、つぶやいた。年の瀬が近くなると、MCの際に、よく口にするフレーズだ。でも、きっと今年は、本当に「色々あった」のだろう。記者には、そう聞こえた。
すると、パッと、ドーム中が明るくなった。軽快なイントロが流れる。ハラハラと、無数のテープが舞い下りてきた。記者を、一気に、35年前の、秋の空の下に引き戻した。マスク越しに、熱唱したいところだが、その気持ちを、ぐっとこらえて、飲み込んだ。
「夏の終わりに、最後のキッスを・・・」。悲しいからこそ、明るく響く歌。気づかないうちに、腰痛も吹き飛んでいる。アリーナの硬い座席を振り返ってみた。「きょうは、もう座らなくてもいいな」。そう強く思った。
(フジテレビ報道局・解説委員 平松秀敏)