「自分もみんなを引っ張っていける存在にならなきゃと思いました」
フィギュアスケーター・宇野昌磨は力強い決意が滲む、意外とも思える言葉を口にした。
平昌五輪で銀メダル、北京五輪で銅メダルと数々の輝かしい功績を残し、今年3月にフランス・モンペリエで開催された世界フィギュアスケート選手権では、ついに初めての世界王者に輝いた宇野。
これまで「僕はみんなを引っ張ることはできない」と話していた彼には、どんな変化があったのだろうか。
フィギュアスケートの中継キャスターとして8シーズン目を迎え、宇野がメダルを獲得した2つの五輪も取材した内田嶺衣奈アナウンサーが、今シーズンの宇野の本音を聞き出した。
今シーズン男子フィギュア界に大きな変化
4年に1度のオリンピックイヤーという激動のシーズンを終え、迎えた新たなシーズン。
男子フィギュア界は、間違いなくこれまでとは、違ったものになるでしょう。
フィギュア界を長く牽引してきた羽生結弦選手がプロスケーターへと転向し、新たな一歩を踏み出し、アメリカのネイサン・チェン選手は今シーズン休養。
4回転アクセルを世界で初めて成功させたイリア・マリニン選手(アメリカ)のシニア参戦や、日本でも17歳の新星・三浦佳生選手のシニア参戦など、顔ぶれがガラッと変わりそうです。

今年3月。
4回転4種類5本という自身最高難度のフリーに挑みながらショート・フリー共に自己最高得点をたたき出し、世界選手権初優勝を飾った宇野昌磨選手。
燃えたぎる何かが身体中から溢れ出ているかのような情熱的なステップ、あのダイナミックでエネルギッシュな「ボレロ」は間違いなく宇野選手の代表プログラムの1つになりました。
そんな世界王者として締めめくくった先シーズンを終え、今シーズンへ何を思うのか…。

中京大学アイスアリーナで行われていた宇野選手の練習を取材しました。
「練習の虫」と評される宇野選手

慣れ親しんだホームリンクということもあり非常に落ち着いてリラックスした様子でリンクに入って来た宇野選手。
今シーズンはショートプログラム「Gravity」、フリー「G線上のアリア ほか」と、共に新プログラムです。

この日はフリーの曲を流しながら、何度も4回転やトリプルアクセルなどのジャンプに挑んでは、その軌道や角度を入念に確認。
集中した様子で、時折うなずきながら1つ1つ丁寧に確認していました。
事前に聞いていた練習終了時刻を過ぎても続く練習。

私が宇野選手を初めて取材したのは、2015年1月。宇野選手は当時17歳でした。
宇野選手が挑む、初めての四大陸選手権直前のインタビュー。
自分の強みを聞くと「強みと言える部分は特にありません。全部がまだ中途半端なんです」と語り、全てをもっとうまくなりたいと、負けず嫌いで向上心がとても強い選手だと感じたのを今でも覚えています。

2018年の平昌五輪で銀メダルをとった直後の会見でも、「すぐに帰って練習がしたいです」と話すくらいで、“練習の虫”とも評されてきた宇野選手。「自分の支えになっているのは練習」と、日頃積み重ねる練習の重要性を口にしていました。

彼にとって、これまでは少しでも自分自身を安心させるため、良い演技をするための練習でしたが、今回、練習への意識について聞いてみると、実はある変化が見えました。
「失敗を見つけるための練習」という意識の変化
「4年前、2年前くらいまでは、良い練習、失敗が少ない練習をしようと思っていたんですけど、今は自分がどういう失敗をするのかを見つける練習に変わってきていると思います」

宇野選手は「どんな失敗をするのか知ることで、どんな時に成功するのかを知ることができる」と続けます。
失敗自体を恐れるのではなく、失敗はしてもいい。それをどう今後につなげていくかは自分次第。
宇野選手のフィギュアスケートに対するひたむきさが、この日の練習にも表れていました。

様々な経験を積み重ねてきた、24歳。
一般的にはまだまだ若いですが、フィギュアスケーターとしてはベテランと呼ばれる域にあります。
しかし、宇野選手は言います。
「スケート界ではベテランの年齢になってきているんですけど、周りを見る限り練習内容、スケートとの向き合い方を含め、僕はまだまだ今の若い世代の人たちにひけをとらないメンタル・フィジカルで取り組めると思っています」
そう言い切った表情には、日々の努力に裏付けられた確かな自信を見た気がしました。
宇野選手が発した“周囲を引っ張る決意”
2021年、北京五輪直前の12月。
後輩にどんな姿を見せたいかを問われた時に、宇野選手は後輩を引っ張るタイプではないと話していました。

「僕はみんなを引っ張ることってできないんですよ、あんまり。自分の背中を見て理想となってほしいとか、自分は理想のアスリート像のようなアスリートではないので。自分の事ばかりしか考えていないので。
ただ、(鍵山)優真くんとか、(佐藤)駿くんとかのように、いつか絶対上手な後輩がたくさん出てくると思うんですけど、そんな時に僕が引っ張っていくんじゃなくて、僕もその横を一緒に走る存在ならなれるかなと思っているので」
周りのスケーターをリスペクトし寄り添いながらも、謙虚で自分から前に出るタイプではない、とても宇野選手らしい言葉だなと感じたのをよく覚えています。
しかし、今シーズンからの男子フィギュア界の変化について尋ねると、その答えは様変わりしていました。

「僕はずっとゆづ君(羽生結弦)の後ろをついてきたので、いざ自分がこういう立場に立たされた時に、最初は実感がなかったんですけど、色々沢山考えさせられ、自分もみんなを引っ張っていける存在にならなきゃなっていうのは思いました。
僕はそういうのが一番苦手で、無理だってずっと思ってましたけど、無理とかでなく先輩たちが僕たちの世代までずっとつないできてくれたこのスケート界の人気度なども含め、この立場に立たされている責任としてそれをちゃんと引き継ぐ。
先輩たちがやってきてくれたからこそ、やらなきゃいけないことだなと思って」
与えられた責任を全うしなきゃと思っている――。
これまでの宇野選手のインタビューでは、聞くことのなかった言葉。
常に冷静で、マイペースにまっすぐにスケートと向き合うことを大切にしてきた宇野選手から、これほどまでに力強い“周囲を引っ張る決意”を聞いたのは初めてでした。

「僕はずっとプレッシャーからなるべく逃げるように、自分の気持ちを整理してスケートに取り組んできました。
でも今後の自分のためにも、そしてスケート界をちゃんと引っ張っていける存在になるためにも、プレッシャーを無理に背負う必要はないと思いますが、なるべく逃げてきたものから逃げないように頑張ってみようと思います」
自分自身にとって苦手なこと、避けてきたことに真正面から向き合うのは決して簡単なことではありません。
でもそこにあえて今シーズンチャレンジしようとしている宇野選手。
その決意は、彼の視野を広げ、またこれまでとは違う戦う姿を私たちに見せてくれるはずです。
怪我無く、そして宇野選手らしくシーズンを送ってほしいと願うばかりです。
今シーズンの熱き戦いからも目が離せません!