アメリカの中間選挙まで1週間となった11月1日、電話の先で彼女は「あと150マイルです」と明るい声で話してくれた。彼女の名前はフランシー・ハントさん。中絶の権利を求めて南部・テネシー州を歩いて横断する「Walk for our Lives(命のための横断) 家族計画連盟のためのテネシー州擁護者たち」の中心メンバーとして活動を続けている。

フランシー・ハントさん
フランシー・ハントさん
この記事の画像(6枚)

私たちが彼女に出会ったのはカントリーミュージックで知られるテネシー州西部の町、ナッシュビル。木の葉が色づき、心地よい爽やかな秋の風をまとう10月22日、彼女たちが538マイル(=約866km)の道のりを歩き始めて1カ月を迎えた頃だった。

「命のための横断」と書かれたサンバイザーをかぶり、ハントさんたちは、一人が歩くのがやっとの側道を歩き続けていた。休むことなく真っ黒に日焼けした足を前を進め、車の一台一台に手を振って女性の権利を訴える。

ハントさんと挨拶を交わす筆者
ハントさんと挨拶を交わす筆者

取材に応じるため立ち止まったハントさんは、私たちに州の横断の目的についてこう語ってくれた。

「今、人々は中絶の権利を求める恐怖に怯えている。だから側道を歩く私たちの姿を見て、そうした人々が勇気づけられると思うんです。勇気を持って『中絶の権利に賛成だ』、『体を巡る権利は重要だ』と声に出してもいんだと伝えたいんです」

“逃げ道”のない州法

彼女たちが求める中絶の権利は、11月8日投票の中間選挙の大きな争点の一つとなっている。

きっかけは2022年6月、連邦最高裁が人工妊娠中絶を合衆国憲法上の権利として認めた1973年の「ロー対ウェード」判決を覆す判断を示したことだった。

これは現在の連邦最高裁判事の9人中6人が、中絶の禁止を支持する共和党寄りの保守派だったことから、その判断が示されたと指摘されている。

この判決により中絶の権利は全米50州の判断に委ねられることになった。元々、共和党のシンボルカラーの赤になぞらえて「レッドステート」と呼ばれるテネシー州では中絶の権利が奪われることになった。この結果、望まない妊娠などで中絶の判断を迫られた女性は別の州で手術を行うなどの対応を強いられているという。しかし、今後はこうした環境さえも奪われてしまうのではとハントさんは危惧している。

「すでに共和党から、人々が中絶のために州を離れることを禁じる法案を持っていると聞いています。つまり、州外への渡航者に制限をかけようとしている」

カトリーナ・グリーン医師
カトリーナ・グリーン医師

こうした懸念の声は、テネシー州内の医療機関で働く医師たちからも挙がる。グリーン医師とザイト医師は、中絶の禁止に例外はなく、母親や医師も大きなリスクを抱えると指摘する。

「テネシー州の中絶禁止法は、例外はない。レイプの例外も、近親相姦の例外も、母親の命の例外もない。胎児や母胎に問題がある場合も例外ではない。テネシー州では、このような理由で中絶を行うことはできない」(カトリーナ・グリーン医師)

ニッキー・ザイト医師
ニッキー・ザイト医師

「医師にとっても患者にとっても心配だ。医師が重罪に問われることを恐れて救命治療を遅らせることもある。職業上のリスクもあれば、テネシー州の妊婦へのリスクもある」(ニッキー・ザイト医師)

FBIが安否確認

こうした医師や母親たちの声を代弁し、州内を歩き続けるハントさんは中間選挙への思いをこう話してくれた。

「私たちの意見に賛同しない人たちとでも、実際に話をすると、理解を示してくれます。私たちが思いやりと共感を持ち続けることができれば、中絶を経験した人や、アメリカという国にとっても励みになると思う。もし私たちが毎日過酷な天候の中、足や筋肉を痛めながらも歩き続けることができれば、きっと有権者が投票所に足を運んで投票することにつながると思う」

中絶の権利を巡り州内で激しく対立する共和党側から、ハントさんたちは歩行中に猛スピードで車が近づいてくるなど嫌がらせを受けることもあるという。このため州内の警察ではなくFBI=米連邦捜査局がハントさんらの位置情報を共有し安全を確認するほどだ。

まさに命がけの州内横断への思いはどう届くのか。ハントさんの情熱は多くの有権者の心を動かすかもしれない。        

【取材:FNNワシントン支局 千田淳一、石橋由妃】

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。