暖水を運ぶ“巨大な渦”を発見
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新報告書は、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。大気、海洋、雪氷圏及び生物圏において、広範囲かつ急速な変化が現れている」と従来より踏み込んで断定した。
報告書は海面水位の上昇について、今世紀末までに2メートル上昇する可能性も、2300年までに5メートル上昇する可能性も排除できないとした。
海水が上昇する水位が2メートルと5メートルでは未来予想図が大きく変わる。
1メートルの上昇だけでもほとんどの沿岸部は浸水し、数百万人の生活が脅かされることになる。
しかし、水位の上昇予測に、2メートルから5メートルと差がある原因は、南極の研究が進んでいないからだ。
この記事の画像(7枚)海面上昇は、温暖化で海水の温度が上昇して水が熱膨張することや陸の氷が解けて海に流れ込むことなどが主な原因だ。
なかでも、南極には地球に存在する氷の9割があるが、極地で現地調査が難しいこともありまだあまり研究が進められていない。
南極の氷がどのくらいのスピードで、どのようなメカニズムで解けているのかについて、世界中の科学者が今、最も熱心に研究を進めている。
こうした中、日本の科学者が、南極の方に“暖かい海水”を運ぶ「巨大な渦」が存在していることを世界で初めて発見した。
直径150~200キロメートルの巨大な渦が4つ
発見したのは、極域海洋学の研究者、東京海洋大学の溝端浩平さん。
溝端さんが発見した巨大な渦は、南極で近年、氷の融解が注目されはじめたトッテン氷河の沖にあった。
しかも、直径150~200キロメートルの渦が4つ。いずれも時計回りに回転し、動かずに同じ場所で回り続けていることがわかった。
この渦が、暖かい海水を南極の方へ送り続けるポンプの役割をしていたのだ。
南極の東側のトッテン氷河だけ氷が減少に疑問
溝端さんがいかにしてその巨大な渦を発見したのか。
南極の氷は、温暖化の影響で減少している。
NASAの観測衛星の画像で捉えた南極をみると、西南極の広範囲で氷が減少していることがわかる。
一方で、東側では一カ所だけ減少しているポイントがある。ここがトッテン氷河で、溝端さんが発見した渦のある場所だ。
溝端さんは、なぜトッテン氷河だけ氷が減少しているのかを調べることにしたが、これまでの調査では、トッテン氷河周辺が海氷に覆われているため、データが取れていなかった。
そこで、溝端さんは、人工衛星を使って、海氷の所々に空いているから穴からのぞける海水面を捉えることで、海氷の下に、巨大な渦が存在していることを突き止めたのだ。
渦を発見した当人である溝端さん自身も、「単発でこの付近で渦があるかもしれないという説はあったが、巨大な渦が見つかったことに驚きました。しかも通常、渦は移動しますが、発見した渦は同じ場所に留まり続けていたことにもびっくりしました」と大変驚いたという。
溝端さんは、南極観測船しらせとともに南極の海に向かう東京海洋大学の練習船、海鷹丸(うみたかまる)に乗船し、発見した渦の現地調査を行った。
すると、この渦は時計回りで回転していること、そして渦の西側は冷たい海水を北へ、東側は暖かい海水を南極へ運んでいることがわかった。
つまり、動かない渦が“暖かい海水”をトッテン氷河に向けて送り続けていることがわかったのだ。
巨大な渦は、トッテン氷河を解かす熱量の3倍
溝端さんはさらに、この渦に氷を解かす力がどれくらいあるかを調べた。
衛星のデータなどから、トッテン氷河では、年間63.2ギガトンの氷が解けている。(1ギガトン=10億トン)。
この63.2ギガトンの氷を解かすには、0.7テラワットの熱量が必要とされるが、調査の結果、巨大な渦1つだけでも、2.6テラワット相当、つまりトッテン氷河の氷を解かす熱量の3倍以上の熱量を運んでいると推定されることがわかったという。
溝端さんは、今年も海鷹丸で、トッテン氷河沖へ行き、より詳細なメカニズムを調査・解明したいと考えている。
研究がさらに進めば、南極の氷が解ける概念図が変わり、IPCCの海水面上昇予測にも反映されるものと見られている。
〈溝端浩平さん〉
東京海洋大学 学術研究院 准教授。専門は極域海洋学・海洋物理学・衛星リモートセンシング。現在、宇宙航空研究開発機構「地球観測に関する科学アドバイザリ委員会AMSR分科会」委員、および日本海洋学会 国際学術誌「Journal of Oceanography」編集委員を務めている。