橋を爆破したのは誰なのか?
プーチン大統領を激怒させたというケルチ橋(クリミア大橋)の爆破事件には、ロシア国内の少数民族の抵抗派が関わっていた可能性が出てきた。
この事件についてはロシア連邦保安庁(FSB)は「ウクライナ情報局が計画、主導したテロ攻撃」と断定、プーチン大統領はそれを口実にウクライナの民間施設に報復攻撃を加えた。
この主張には必ずしも根拠がないわけではない。橋が爆破された当日8日のニューヨーク・タイムズ紙電子版に掲載されたキーウ駐在のマイケル・シュビルツ、アンドリュー E・クレイマー両特派員発の記事にこういう記述があったからだ。
「ウクライナの高官の一人は、攻撃の背後にウクライナの存在があるというロシア側の報道を裏付けた。この高官は、政府が爆発について話すことを禁止しているため匿名を条件に、ウクライナの情報機関が橋を渡るトラックに積み込まれた爆弾が爆発するように画策したと付け加えた」
ニューヨーク・タイムズ紙の信憑性の高さを信じて事件の背景をそう考えてみたが、それでも疑問に残ったのが、はたしてウクライナの情報部員が「自爆攻撃」をしたのかということだった。
トラックは橋を走行中に大爆発を起こし「自爆攻撃」いう見方が有力だったが、ウクライナ人の宗教はロシア正教を中心にキリスト教徒が90%余を占めている。軍事作戦とはいえキリスト教が禁止している「自殺行為」を許容するとは思えなかったからだ。
爆発トラック運転手はロシアの少数民族か
その疑問は12日のFSBの発表で半ば解けたように思えた。
発表では、爆発したトラックを運転したのはロシア市民で1971年生まれのマヒール・ユスボフ( Makhir Yusubov)という人物だったとされた。

そこで「Yusubov」という苗字をネットで調べるとこうあった。
「Yusubovという苗字はアラビア人の名前。Yusufとはジョセフをアラビア語で言ったもの。-ovという接尾語は"-の息子”を意味する」
またこういう解説もあった。
「元ソ連のチェチェン、タタールとウズベクに多い苗字」
チェチェンではソ連時代にイスラム教徒を中心とする住民が独立を宣言して二度の内戦となり、10万人以上の市民が殺害されて今でもロシアに対する遺恨が残っているとされる。
またタタール人の歴史も虐げられた出来事で綴られ、ソ連が崩壊した際にもタタールスタン共和国を独立させようとしたがロシアの圧力でロシア連邦に組み入れられてしまった。
プーチン政権下で虐げられる少数民族
さらにプーチン政権はタタールスタンのロシア化を進め、基本的な権利を10年間でロシア連邦に移譲する合意を成立させた。税制上の特典の廃止や天然資源もタタールスタンの人民の所有ではなくり、2017までに共和国の独立は有名無実になってしまった。(ウクライナのネット情報誌「バベル」より)
英国の週刊誌「ザ・スペクテーター」電子版10日の記事によれば、トラックを運転していたユスボフというアラブ名の人物は、そのタタールスタン共和国のカザンの出身だという。

そこで考えたのが、ウクライナの情報機関がこうしたロシア国内の少数民族の抵抗派と結託したというシナリオだ。
FSBの発表では、爆発物は工業用プラスチックシートを筒状に巻いた中に隠され、22巻重量25トンがウクライナのオデーサからまずブルガリアへ輸出された後グルジアとアルメニアを経由してロシアへ正式な貿易ルートで運ばれたとされる。相当な組織力がないと実行できなかったと考えられ、ウクライナ情報当局の「組織力」がイスラム教徒の「ジハード(聖戦)」の思想と結びついたと推測できるが今のところは憶測の域を出ない。
いずれ真相が明らかになるだろうが、そうなったらなったでプーチン大統領の報復がロシア国内の少数民族に及ぶようなことにもなりかねないのが心配だ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】