中国共産党員の党費納入も~デジタル人民元テスト運用開始

江蘇省蘇州市の中国農業銀行で4月に配布されたあるマニュアルを行員が見せてくれた。タイトルは「デジタル通貨アプリのダウンロードと党費の納め方」。中国がテスト運用を始めたデジタル人民元を使うアプリの説明だ。画面には建国の父・毛沢東主席の肖像があり、スキャン支払い、送金、QRコード決済、財布などの項目がある。スマホ決済アプリと同様だ。

”デジタル人民元アプリ”の操作マニュアル。「支払い」「送金」「財布」などの項目がある。「DC兑换」=デジタル人民元の両替機能(銀行内部のマニュアルより)
”デジタル人民元アプリ”の操作マニュアル。「支払い」「送金」「財布」などの項目がある。「DC兑换」=デジタル人民元の両替機能(銀行内部のマニュアルより)
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この銀行でのテストはデジタル人民元での党費支払いだ(党費は中国共産党員が給与の0.5~2%を収めるもの)。自分の銀行口座の金をデジタル人民元アプリの財布に入金し、中国農業銀行の口座アプリで支払う際にデジタル人民元払いを選ぶ。

現状は支付宝(アリペイ)や微信(ウイチャットペイ)などスマホ決済アプリと同様に銀行口座からデジタル人民元アプリにチャージする形で、“デジタル通貨を使う“テストをやっているようだ。

テスト運用では中国農業銀行のアプリにある”党費”の項目からの納付をデジタル人民元で行う(銀行内部のマニュアルより)
テスト運用では中国農業銀行のアプリにある”党費”の項目からの納付をデジタル人民元で行う(銀行内部のマニュアルより)

実用化される際の運用は不明だが、デジタル人民元アプリの口座に給与がデジタル通貨で入金されたり、外貨を両替したらデジタルで元が入金されキャッシュレス決済が出来る、ことなども想像される。

行員は「デジタル人民元は(時代の)流れだと思う。みんなある程度受け入れている。スマホ決済と同じ」と話す。

中国メディアによると中国人民銀行(中央銀行)は、深圳、蘇州、成都、雄安新区でテストを開始。蘇州では一部公務員が交通費補助の50%をデジタル人民元で支給され、習近平国家主席が力を入れる河北省の新都市・雄安新区ではマクドナルドやスターバックスなどが参加するという。2022年北京冬期五輪でテストするとの報道や、今年、発行が始まるとの見方もある。

中国人民銀行デジタル通貨研究所の所長は中国メディアに「スマホの電源が入っていればインターネットはなくてよい。スマホ同士をぶつけ相手のデジタル財布に送金出来る」と利便性を強調する。アプリにもそれらしきアイコンがある。

報道によると人民銀行は「試験的なもので短期的な大量発行や全面展開はない」とし、易綱総裁は5月初め、中国メディア財新主催の討論会で「デジタル通貨計画はテストで大きな進展があった」との認識を示した。主要国初のデジタル通貨発行に前進していることがうかがえる。

デジタル人民元は2020年に発行される?中国人民銀行(ウェイボより)
デジタル人民元は2020年に発行される?中国人民銀行(ウェイボより)

国民の監視さらに強化?デジタル通貨発行の狙いは?

デジタル人民元はビットコインなどの暗号資産と違い“国家の裏付けがある”法定通貨で、いつでも現金と交換出来る。電子情報のため国際送金が簡単になり印刷や輸送コストが削減出来る。取引の追跡も可能になり偽造やマネーロンダリング、違法な資金調達などのリスクを減らせる。

ただ中国のネットには「紙幣は匿名だ。実名必須なら使わない選択はあるのか」とプライバシー面で懸念の声がある。

スマホ決済は銀行口座につながり匿名性はなく、政府が膨大なデータを把握しているとされる。通貨もデジタル化すればさらに国民の行動を把握しやすくなり、監視が強まる恐れもある

ただ冒頭の銀行員は「すでに銀行で個人データは管理されているので気にしない。紙幣が電子情報になるだけ」と話す。

中国のネットには様々な銀行に対応したデジタル人民元アプリとみられる画像が流出。これは中国建設銀行のものとみられる(ウェイボより)
中国のネットには様々な銀行に対応したデジタル人民元アプリとみられる画像が流出。これは中国建設銀行のものとみられる(ウェイボより)

中国人民銀行デジタル研通貨研究所の所長は「匿名性を求める国民のニーズに応える」と強調し、専門家は「個人情報の安全と犯罪行為防止のバランスをとり、コントロール可能な匿名性をどう実現するか」と課題を指摘する。

狙いは人民元国際化か~新型コロナ影響でデジタル通貨発行が加速?

中国共産党機関誌人民日報系の環球時報は「新型コロナウイルスの流行で非接触経済や遠隔協力が世界で普及し、電子商取引などが急速に発展する中、今年、各国のデジタル通貨の開発が加速する」との専門家の見方を伝えた。中国では感染対策で紙幣を消毒していた。感染リスクをなくす動きもデジタル通貨の普及を後押しする。

中国経営報によるとデジタル経済の専門家は、中国がデジタル人民元を重視する理由として「デジタル経済が経済発展の新たなエンジンとなり犯罪抑止やコスト削減につながる。ビッグデータなどの技術を活用し当局が効果的に監視することで、中国の金融通貨規制能力を向上出来る」と指摘。

また、フェイスブックが2019年デジタル通貨Libraを発表し、国際的デジタル通貨発行銀行としての野心を示したとして「世界の大国としてデジタル通貨の発行は私達のデジタル主権を守るだけでなく、アメリカの“唯一無二”を防ぎ人民元国際化を加速させる重要な役割を果たす」としている。

デジタル通貨で狙うは”人民元国際化”?覇権拡大?(ウェイボより)
デジタル通貨で狙うは”人民元国際化”?覇権拡大?(ウェイボより)

中国は人民元を国際化し国際取引の決済で人民元の利用拡大を狙っているとみられる。現在、国際取引の決済は米ドル中心で中国企業の取引はアメリカの銀行を経由し情報も把握される。デジタル人民元が普及すればドル中心の体制から抜け出せる。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」で決済通貨になればさらに人民元の国際化が広がる可能性もある。

ただ今年に入り日本の麻生太郎財務相が「国際取引で使われることを頭に入れておく必要がある」と述べ、十分な規制がない中のスタートに懸念を示すなど世界の金融当局は警戒を強める。

中国はコロナ後の世界で覇権拡大を狙っているとの指摘がある。デジタル人民元のテストもこの分野で主導権を握り、着々と力を拡大する動きの一環と言えそうだ。

【執筆:FNN上海支局 城戸隆宏】

城戸隆宏
城戸隆宏

FNN上海支局長