新潟県燕市に住む102歳のおばあちゃん。使う人の幸せを願って、手編みの巾着袋をプレゼントしている。
「ただ手が一生懸命に動く」きっかけは息子の勧め
燕市の公園でお父さんと遊ぶ女の子。赤くてかわいい巾着袋を下げている。
森田結乃さん:
これは願いが込められているようなお守り
女の子が「お守り」と話す巾着袋は、燕市八王寺に暮らす川崎セヨさんが毛糸を手編みして作ったもの。
川崎セヨさん:
毛糸がいいと、かぎ針が素直に動く
かぎ針を正確に操り、テンポ良く編み進めるセヨさんの年齢は?
川崎セヨさん:
102歳まで生かしてもらって感謝、感謝
夫婦で農業をしながら5人の子どもを育て、今では13人の孫とひ孫10人に囲まれるセヨさんは102歳。
そんなセヨさんが毛糸で巾着袋を編むようになったのは2年ほど前のこと。足が悪くなり、思うように歩けなくなったセヨさんに息子の栄治さんが毛糸を手渡したのが始まりだった。
川崎セヨさん:
一生懸命に編もうと思って、ただ手が一生懸命に動く。巾着袋は100くらい編んだ。編み物で長生きしている
戦中、戦後と苦労も多かったセヨさんは縫い物や編み物が得意。
川崎セヨさん:
同じ色だけでなく、模様を入れないと良くならない
巾着袋は全てプレゼント 息子に受け継がれる優しさ
息子の栄治さんが営む金属を磨く工場で巾着袋を配ると、100歳を過ぎた元気なお年寄りの手作りということで、あっという間になくなってしまった。
巾着袋を受け取った人:
これに貴重品を入れて持ち歩こうかな。なんか御利益がありそう
息子・川崎栄治さん:
巾着袋を編むのは母の生きる張り合い。「巾着袋をもらって喜ぶ人がいるよ」ということを伝えて、「じゃあ、また頑張って編もうか」という気持ちになってくれれば
受け取った人の喜びがセヨさんの喜びにもなって、巾着袋を編むことが毎日の張り合いとなっている。
川崎セヨさん:
巾着袋を喜んでもらってくれて感謝
編みあがるたびに栄治さんの工場で配る巾着袋。ある時、感謝の気持ちでお客さんが包んだお金を栄治さんがセヨさんに手渡すと…。
息子・川崎栄治さん:
お金を渡すと母は怒った。自分が好きで編んでいるのに、お金を使わせるのは申し訳ないんだと思う
セヨさんの手元に巾着袋は一つも残っていない。
川崎セヨさん:
良く出来た巾着袋は残そうとも思うけど、全部あげる
セヨさんの気前の良さと優しい心は息子の栄治さんに受け継がれていた。
毎年秋になると工場で焼き芋を作り、県央地域の福祉施設に無料で配る栄治さん。サツマイモの代金は栄治さんのお小遣いから支払っている。
息子・川崎栄治さん:
自分が焼き芋を焼くのが楽しくて、それをたまたま食べてくれる人がいる。もう、万々歳。そういうふうに自分の気持ちが動くということは、母を見てきた自分がいるのかなと思う
空がオレンジに輝く夕暮れ。すると、セヨさんの服もオレンジ色に変わった。セヨさんはサッカーが好きで、アルビレックス新潟の大ファンだという。
足が悪くスタジアムに行けないセヨさんだが、アルビレックス新潟・営業部の野澤洋輔さんが出演している月曜日のスポーツコーナーを毎週欠かさず見ているそうだ。
川崎セヨさん:
野澤さんの優しい顔が好き
好調なアルビレックスのニュースもセヨさんの元気につながっている。
受け取った人は笑顔に…幸せ広がるセヨさんの巾着袋
喜んでくれる人のため、一編み一編みに心を込める。公園で遊ぶ森田結乃さんが愛用するセヨさんの巾着袋は、もともと父親の輝彦さんが健康と長寿にあやかろうと使っていたもの。
結乃さんの父・森田輝彦さん:
長生きや健康にあやかれると思って私が使っていたけど、娘が「かわいい」と。娘にとられちゃった
セヨさんの巾着袋を使って1年になる女性は…。
藤井佳代さん:
巾着袋を使っていると、亡くなった祖母を思い出して優しい気持ちになる
優しい気持ちがたくさん詰まった、使う人を笑顔にする巾着袋。102歳のおばあちゃんから始まる幸せはまだまだ広がる。
(NST新潟総合テレビ)