「最も得をするものが犯人だ」

「犯人らしく見えるものは真の犯人ではない。それで最も得をするものが犯人だ」
中東を取材していた時に先輩記者から教わったことの一つだ。権謀術数渦巻く中東では、他人の仕業のように見せかけて紛争を起こすことがよくあるので、この教えを忘れないように心がけていたのだが、今回ウクライナとロシアの海上衝突をめぐって「最も得をするもの」を考えてみた。
犯人らしく見えるのはロシアだが・・・

先月25日、黒海の北のクリミア半島とロシアの間のケルチ海峡に差しかかったウクライナ海軍の艦船3隻がロシア警備艇に拿捕され24人が拘束された事件だが、国際社会の反発を招きブエノスアイレスで予定されていた米ロの公式な首脳会談もキャンセルされてしまった。
問題のケルチ海峡は、もともとはウクライナとロシアが共同管理することで合意していたが、クリミア半島のロシアへの実質的な併合後はロシアが実効支配して通過にはロシアへの通報が求められている。今回ロシア側はウクライナ側から通報は「なかった」と言い、ウクライナ側は「した」と言っていて対立している。
そこで冒頭の「教え」だが、この事件で「犯人らしく見えるもの」はロシアに他ならない。西欧のマスコミはケルチ海峡の支配を確実化するための作戦だったと見るが、それでロシアが失うものは大きい。米ロ首脳会談だけでなく、欧州からも新たな制裁の声が上がり始めていて決して「得をする」ことはないはずだ。
支持率8%のポロシェンコ大統領

一方「得をするもの」と言えば、ウクライナのポロシェンコ大統領だろう。来年3月に大統領選挙を控えて、同大統領の支持率はわずか8%台に低迷している。経済の低迷が原因だが、対抗馬のティモシェンコ候補はかつて「美しすぎる首相」とも呼ばれた政治家で人気を集めている。
ポロシェンコ大統領がこの劣勢を挽回するには国内の危機感を煽る以外にないとも言われているが、ロシアとの紛争はその目的にぴったりだし、G20の直前という時期も世界の注目を集めて対外的なPRに好都合なタイミングだろう。
真犯人は誰だ!?

実は同じ黒海に面したジョージアとロシアの間で2008年に起きた南オセチア紛争もロシアが先制攻撃をしたとされていたが、その後当時のグルジアのサアカシュビリ大統領が国内の批判をかわすために先に軍事行動を起こしたことが明らかになっている。
今回の衝突がポロシェンコ大統領の企みだったかどうかはまだわからないが、これでプーチン大統領の立場が悪くなると日ロの北方領土問題の交渉にも影を落とすことになりかねないので、日本としても「真の犯人」が誰なのかしっかり見極めなければならないだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)
(イラストレーター:さいとうひさし)