中国で2022年6月、新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠に、総延長2712キロの世界初となる砂漠を走る環状鉄道が完成した。最後の区間として開通した「和若鉄道」は、タクラマカン砂漠の南側・和田(ホータン)― 若羌(チャルクリク)間を走る全長825キロ、その内65%におよぶ534キロが砂漠となっている。これにより、新疆ウイグル自治区全域に鉄道が開通し、地元の産業や観光に恩恵をもたらすことが期待されている。

見渡す限りに広がるタクラマカン砂漠 飛行機の窓から撮影
見渡す限りに広がるタクラマカン砂漠 飛行機の窓から撮影
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私はこの鉄道の取材をするため、北京から飛行機に乗り現地へと向かった。新疆ウイグル自治区は首都北京から西へ約3000キロ、飛行機で約4時間の場所にある。到着した空港ではPCR検査を受けたほか、パスポートのチェックや訪問目的の確認などが行われた。

出迎えを受けた新疆ウイグル自治区の空港
出迎えを受けた新疆ウイグル自治区の空港

そして全ての確認が終わり空港の外に出ると、新疆ウイグル自治区政府の「担当者」が私たちを出迎えてくれた。担当者は「あなたの訪問を歓迎し、取材が安全にできるように同行します。取材は自由に行って下さい」と話したが、実際には私たち取材班だけで自由に行動ができることはなかった。現地では取材や移動はもちろん、食事も常に政府関係者と同席で、ホテルに戻ってからも別の政府の人間を紹介されるなどの場が設定され、実質“当局の管理下”に置かれていた。表向きは和やかな雰囲気だったが、個別取材や自由な行動は事実上制限されていた。乗客にインタビューする際も担当者が常に近くに付いていた。担当者の同行は、私たちが全ての取材を終えて北京に戻る飛行機に乗る直前まで続いた。

駅や街にある共産党のスローガン 取材は一部の車両のみ

2022年6月に完成した鉄道の駅 正面には共産党のスローガンが掲げられていた
2022年6月に完成した鉄道の駅 正面には共産党のスローガンが掲げられていた

完成した鉄道の駅に到着してまず目に入ってきたのは、中国語とウイグル語の2つの文字で書かれた駅名だ。そして、正面には中国語で「中華民族の共同体意識を堅持し、各民族の団結と奮闘、繁栄と発展を促進する」という共産党のスローガンが掲げられていた。駅前には列車の到着に合わせて地元住民が訪れていた。これから乗車する漢族の男性に話を聞くと「この鉄道によって人や物の移動がしやすくなった。共産党がこのような鉄道を作ったことに感謝している」と語った。

街の多くの場所でも共産党のスローガンが掲げられていた
街の多くの場所でも共産党のスローガンが掲げられていた

列車には2種類の席が用意されている。1つは日本の列車と同じ座席の車両だ。そしてもう1つは、簡易的な3段ベッドが設置されている車両になる。私はタクラマカン砂漠の東南部にあるチャルクリク県の駅から約3時間列車に乗ったが、この区間のチケット代は座席タイプが約100元(日本円で約2000円)、ベッドタイプが約200元(同約4000円)となっていた。

簡易的な3段ベッドが付いている車両
簡易的な3段ベッドが付いている車両

新疆ウイグル自治区の農村住民の年間収入は6000元前後といわれているが、鉄道関係者によると、この鉄道は移動時間が長時間になるのでベッドタイプの方が人気とのことだった。

窓側に座るウイグル族の乗客
窓側に座るウイグル族の乗客

列車には多くのウイグル族が乗っていて、事前に用意した果物やお菓子などを食べながら駅に着くまでの時間を過ごしていた。乗客の1人は「以前はバスを利用していたが、時間がとてもかかり、目的地に予定通りの時間に着くことは難しかった。またバスは安全面でも問題があった。鉄道は私たちにとって非常に良い交通手段となっている」と話す。別のウイグル族の乗客は「この5年間で新疆の発展はほかの地域よりも早く発展している。特に経済の発展はとても大きい」と話した。私はなるべく多くの乗客から話を聞こうと車両を移動しようとしたが、同行する地元政府の担当者から「別の車両で子供が発熱した」という理由で移動は禁止された。

欧米が批判する新疆ウイグル自治区での“人権侵害”

和若鉄道のチーフデザイナーは、鉄道の完成によって市民の移動だけでなく、農産物の輸送や観光面においても恩恵がもたらされると語る。現在、新型コロナの影響で海外旅行に行けない中国人の間で、新疆ウイグル自治区への観光需要は高まっている。中国の国家観光局によると2022年6月に新疆ウイグル自治区を約2400万人の観光客が訪れていて、政府の担当者は「観光ブームが起きているのは新疆を振興する戦略が着実に推進され継続した結果であり、これまで以上に多くの需要がここで生まれる」と話す。

しかし、中国にとって懸念もある。それは欧米諸国が、この新疆ウイグル自治区でウイグル族の強制労働や不妊手術などの人権侵害があると批判をしていることだ。実際、2022年6月にはアメリカのバイデン政権が新疆ウイグル自治区で生産された全ての原材料や製品についての輸入を原則禁止にする法律を施行し、日本でもセレクトショップ大手のユナイテッドアローズが2023年の秋冬モデルから綿花の使用を中止すると発表した。中国共産党政権にとって新疆は、欧米諸国から批判される敏感な地域であることは間違いない。

タクラマカン砂漠を走る「和若鉄道」の列車
タクラマカン砂漠を走る「和若鉄道」の列車

近年、中国共産党の統治に反発する一部のウイグル族と当局や漢族との間で対立が繰り返されている。2009年に漢族とウイグル族との衝突から197人が死亡(中国当局発表)した「ウルムチ暴動」が起こり、2013年には北京の天安門広場で車が歩道に突っ込み5人が死亡する事件が起きた。中国当局はこの事件を、複数のウイグル族によるテロだと断定した。こうした経緯から、共産党政権は新疆ウイグル自治区で党の指導を徹底させ、その管理を強化してきたとみられている。一方、欧米諸国は、中国がウイグル族らの強制収容施設を建設し、人権侵害が行われていると批判している。これに対し中国側は「極端な宗教的思想を持っている人が中国の法律や言葉を学ぶ教育訓練学校であり、強制的に入る場所ではない」と反論している。

そんな中、2022年5月には国連の人権部門トップのバチェレ氏が6日間の日程で、新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチや南部のカシュガルなどを視察した。その滞在中にドイツ人研究者が強制収容施設内部とする写真や、共産党幹部の「逃げる者は射殺」とする発言記録を公開したことで、この視察の公開を求める声はさらに高まったが、中国側はコロナ対策を理由に記者の同行を認めなかった。中国外務省の報道官は「嘘や噂を広めても世間は欺けず、新疆が平穏で経済発展し人々も幸せに暮らしている事実を隠すこともできない」とコメントした。

ドイツ人研究者が公開した収容施設の内部とされる写真
ドイツ人研究者が公開した収容施設の内部とされる写真

習主席は2014年4月に自身の視察に合わせウルムチ駅で自爆テロ事件が発生して以降、約8年ぶりに現地の視察を行った。このタイミングでの視察は、秋の党大会での3期目続投を見据え、新疆ウイグル自治区の統治が成功していることを国内外にアピールするためだとみられている。しかし、この視察について地元政府の担当者は「習主席が来るということ、来ているということは全く知らなかった」と話した。国営メディアが報じた、習主席が大勢のウイグル族に笑顔と拍手で熱烈に迎えられる様子は、限られた場所で、限られた人にしか知らされない中で撮影されたようだ。

新疆ウイグル自治区を訪問する習主席(2022年7月)
新疆ウイグル自治区を訪問する習主席(2022年7月)

鉄道によって加速する“イスラム教の中国化”

今回開通した鉄道は、中国の人口の9割以上を占める漢族とは生活習慣や文化の違うウイグル族が多く住む場所にできたものである。ウイグル族の大多数はイスラム教を信仰している。辺境の地といわれていた砂漠地域に発展をもたらす意義も大きく、習主席は「新疆はもはや辺境地帯ではなく1つの中枢地帯である」と、その経済発展を誇示した。また、大学や博物館などを視察した際には「共産党指導部は少数民族の文化の伝承を大切にしている」と、ウイグル族との融和姿勢を強調した。しかし一方で、習主席は「新疆でイスラム教の中国化の方向を堅持せよ」との号令も掛けている。「中国化」とは共産党への忠誠で、「文化の伝承」とはおよそ相容れない発想である。

世界が注目する新疆ウイグル自治区の実態は一体どちらなのか。全て管理され、良い面ばかりを紹介される取材では、欧米諸国が指摘する疑念を払拭するには至らなかった。私が見た新疆ウイグル自治区の姿は、ある一面でしかないだろう。今回の取材を通して「公開と取材の自由」が何より重要だと感じた。異例の3期目を目指し、“次の5年”を手に入れようとする習主席が新疆の地にもたらすのは“融和”なのか、“抑圧”なのか、その行方を国際社会は見守る必要がある。

【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。