念願だった自分の店を持った数年後、脳出血に倒れ、店を手放した1人のシェフ。左半身にまひが残りつつも、懸命なリハビリと妻の支えで、先日、キッチンカーで再起を果たした。
シェフの再出発を取材した。
病に倒れて7年「もう一度、自分の店を」キッチンカーで再出発
8月上旬の、長野県。カモ肉を調理する多田幸則さん(56)は、この道30年のフレンチのシェフだ。
多田幸則さん:
カモのモモ肉です。柔らかく油で煮て、パリッと香ばしく焼いた
よく見てみると、多田さんが使っているのは右手だけ。7年前に脳出血で倒れ、左半身にまひが残っているからだ。
料理を運ぶのは、妻の陽子さん(56)。

前店舗の常連で支援者・三石希さん:
すごくおいしいです
実は、一度は病で店を手放した多田さん。この日、キッチンカーで再出発を果たしたのだった。

別の日、夫妻は、知人が営む飯田市のカフェ「Musica」にいた。2021年の暮れから月に1回、厨房を借りてランチ営業をしているという。「もう一度、自分の店を」と、2020年から準備を始めていた。

多田さんは、飯田市出身。料理人だった父親の影響で料理の専門学校に進み、その後、フランスに渡って修業した。帰国後は東京や大阪でシェフとして働いてきた。
多田幸則さん:
フランスが元々すごく好きだった。映画も好きだし、フランスの物が好き、お菓子、ワイン、チーズでも。フランスと言えばフランス料理だから、それを極めたいなと

2010年、飯田市に自分の店「フレンチテーブル リエルグ」をオープン。店名は修業を積んだフランスの街から取った。常連客もでき、順調に営業していたが、7年前、脳出血で倒れた。
多田幸則さん:
(体が)全然動かないのがちょっとショックだった。大好きな料理がもうできないのかと思った。お客さんに支持されてたから申し訳ないなと

店を閉じ、半年間入院。左半身にまひが残り、長いリハビリ生活が続いた。
妻・陽子さん:
私の方が毎日泣いているような状態だったが、本人は明るく接してくれて。つらいこともいっぱいあったと思いますけど
多田幸則さん:
お店を閉めるって大変だったと思う、引っ越しも含めて。そういうの全部(妻)一人でやっていたので、入院しながらも申し訳ないなと
リハビリは今も続いているが、つえをついて歩けるようになった。

多田幸則さん:
手際いいでしょ、体半分しか使ってないのにね
妻・陽子さんの支えがあってこその回復だ。
多田幸則さん:
(妻は)割と厳しいんですよ、もっと速く歩いた方がいいよとか。感謝しかないです。大変ですよ、こういう体をサポートするのは
リハビリを重ねる中、思いついたのがキッチンカーでの再出発だった。
多田幸則さん:
動ける体でもないし、キッチンカーは狭いスペースで料理を作れるから僕でもできるかなと

クラウドファンディングで資金を調達し、2022年3月、キッチンカーを手に入れた。
「すてきな時間をプレゼントしたい」最初の客は常連で支援者の家族
8月5日、迎えた営業初日。
最初の客は、前の店の常連で、クラウドファンディングでも支援してくれた高森町の家族だ。
多田幸則さん:
すごく楽しみにしてるんですよ。だからすてきな時間をプレゼントしてあげたい
多田さん自らキッチンカーを運転し、高森町に住む三石さんの家に到着した。

多田幸則さん:
ありがとうございます。お世話になります。初めての営業でバタバタしてしまうと思いますが、ディナーを楽しんでください
庭先にキッチンカーを止め、調理開始。仕込んできた分と合わせ、フルコースを提供する。

妻・陽子さん:
前菜です
三石さん家族:
わ~すごい!

前菜は、重箱に入ったテリーヌやマリネ。南信州産の野菜を使っていて、彩り豊かだ。
二品目の魚は…

多田幸則さん:
ポワレと言って、皮目パリパリに焼いて一回ひっくり返す
鮮魚(チダイ)のポワレと、クスクスのサラダ添えを提供。

前店舗の常連で支援者・三石伸幸さん:
優しい味付けや野菜をたくさん使っているところが、もうあの時の感じで
メインディッシュは、カモのもも肉のコンフィ。肉をじっくり油で煮て、ハニーマスタードのソースをかける。
妻・陽子さん:
お待たせしました、希さんの大好物

前店舗の常連で支援者・三石希さん:
当時のレストランのような料理じゃなく、簡素化されたような感じになるのかと思ったら、手が込んでるし、見た目もきれいだし、すごくおいしい
この日は、三石伸幸さんの誕生日。デザートとして、バースデータルトをプレゼントした。

多田幸則さん:
あとで家族だんらんで食べてください

多田幸則さん:
きょうはありがとうございました。おいしかったですか、コンフィ?
前店舗の常連で支援者・三石希さん:
コンフィだけでなく、全部おいしかったです
こっそりと目元に手をやり、感極まる、多田さん。
病に倒れてから7年。念願の「営業初日」を終えた二人は…。

多田幸則さん:
病気で倒れて入院していた頃を考えると、夢のような出来事。ほんとに感無量。しかもあんなに喜んでいただいて、うれしい

妻・陽子さん:
(夫は)丁寧に仕事してたと思うし、とても生き生きとうれしそうだったと思う
フレンチキッチンカー「リエルグ」。多田さん夫婦は、おいしい料理と幸せな時間を届けたいと意気込んでいる。
(長野放送)