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戦後77年がたった今でも、世界では、核による威嚇が続いている。
ロシアのプーチン大統領は、「西側諸国は、我々が電光石火で反撃することを認識すべきだ」と発言したが、もし私たちが暮らすまちに原爆が落ちたら…。
核の脅威を考えてもらいたいと模型を作ったのは、札幌市の高校生だった。

一方、原爆の悲劇を伝えたいとラジオドキュメントの制作に挑んだ高校生は、「戦争や原爆について学び、考え、そしてひとり一人が自分の意見をもつこと」と呼びかけた。

自分たちの問題として考えたい。自分たちのこととして、伝えたい。その思いを、取材した。

「迫りくる戦争」 多くの人が感じた"平和な日常"

197万人あまりが暮らす札幌市。戦後77年、北海道民が作り上げてきた平和な日常がある。

健康に暮らせること。大切な人が近くにいる幸せ。2022年はそんな日常の大切さを、多くの人が再確認する年になった。

ロシアによるウクライナ侵攻が続いているからだ。

30代・会社員:
苦しんでいる人がいるのは、メディアやインターネットを通じて、より知られてきている。どこかで人ごとではない思いは強い

70代・福祉施設勤務:
今のウクライナを見たら本当に悲しくなってくる

小学3年生:
えらい人たちでルールを作らないと(戦争は)やめられない

さらにプーチン大統領は、核による威嚇も繰り返している。

プーチン大統領:
西側諸国は、我々が電光石火で反撃することを認識すべきだ

そしてこの人も、世界をけん制した。

北朝鮮・金正恩総書記(7月):
核抑止力を迅速に動員する、万全の態勢にある

もしも札幌で原爆が使われたら…「伝えなければいけないことは明白」

この時代に何ができるのか。動き出した子どもたちがいる。

でき上がったジオラマには、大きなキノコ雲が。その下に広がるのは、黒く変わり果てた札幌市の姿だ。
札幌東陵高校2年の水上響介さんと水本大介さんが、核兵器の脅威を伝えようと作ったものだ。

JR札幌駅の上空600mで原爆が爆発したと想定した。

広島では、爆心地の近くにいた人の8割がその日のうちに死亡し、放射線の被害などで同じ年の12月末までに約14万人が亡くなったとみられている。建物で、特に大きな被害があったのが爆心地から3km圏。

2人が今回作ったジオラマも、同じ想定だ。

札幌東陵高2年・水上響介さん:
3kmは広い。中島公園も被害を受けることになり、よく知るものが全部3kmで収まっているのだと思った。日常の場所がすぐ壊れてしまうのは怖くて、日々のありがたみを実感できた

札幌東陵高2年・水本大介さん:
最初はジオラマを作るだけで、軽い気持ちで作っていたが、(原爆を)本当に使われたらこういう風になるのかなと思った

世界には、1万3000発以上の核兵器があるとされる。ウクライナ侵攻によって危機感が高まる今だからこそ、考え続けたいと思う。

札幌東陵高校2年・水上響介さん:
日本は唯一、原爆を使われた国。戦争を体験したことのない世代だけど、伝えていかなきゃいけないことは明白

札幌東陵高校2年・水本大介さん:
資料などを見て、私たちが次の世代に伝えていかないと、平和は守り通せないと思う

"あの雲"の下でなにが…表面化しない悲劇を伝える

一方、77年前、あの雲の下で何が起きていたのかを伝えていこうとする高校生もいる。北広島高校放送局の、伏見太希さんと上野茉優さんだ。

2人は5月、ラジオドキュメントを制作した。2人に取材の案内をしてくれたのは、北海道被爆者協会の北明 邦雄さんだ。

北海道被爆者協会・北明邦雄さん:
(被爆者の数は)北海道は3月末で217人かな。北海道に被爆者がいること自体、知らない人が圧倒的に多い

北明さんの話を聞きながら、原爆の実態を学ぶ。2人が関心を持ったのが、被爆者の子ども、被爆二世だ。

北広島高3年・上野茉優さん:
被爆者は他でも題材にされているが、被爆二世のものはなかなか無い

北広島高3年・伏見太希さん:
原子爆弾という兵器の、後世まで続く爪痕がすごく感じられた

ラジオドキュメントでは、被爆二世の2人にインタビューした。

北広島高校3年・小林遼世さん(ラジオドキュメント):
広島に原子爆弾が落ちました。一面が火の海となり、甚大な被害が出ました。その被害で苦しんでいるのは、被爆者だけでなく、子孫にまで及んでいたのです

被爆二世・川去裕子さん:
実際のところ、体験しているわけではない。体験した人じゃないとわからないとよく言われる

被爆二世・大谷博さん:
自分たちで平和な未来を築くために、どうしたらいいか考えてほしい、との視点で伝えようと思っています

取材を受けた1人、大谷博さん。現在92歳の母親が、14歳の時に広島で被爆した。

母親が広島県で被爆・大谷博さん:
被爆したときはふわっと光に包まれたらしい。何だろうと思って立ち上がった瞬間に吹き飛ばされて、気が付いたら建物が壊れて、下敷きに近い状態だった

大谷さんは18歳まで広島で暮らし、大学進学で北海道にやってきた。当時、札幌市では原爆が話題に上ることはなく、自らを「二世」だと話す機会もなかったという。

高校生の取材を受け、伝え続ける責任があると改めて感じている。7月、被爆の実態を伝えるイベントにも、語り手として参加した。

母親が広島県で被爆・大谷博さん:
平和を望む人、大切に思う人がたくさん増えていくように、僕の話が役に立てばと思う

知った後にどうするか…「自分の意見」で"つむぐ言葉"

ラジオドキュメントを手がけた、北広島高校放送局の生徒たちは…

北広島高校3年・上野茉優さん:
原爆についてまず知ってほしくて、それを知った後にどういう意見を持つか。どんな意見でもいいので、自分で考えた意見を持ってほしい

誰かの主張ではなく、自分で考えたことを。被害を知って、思いを聞いて、そこから、言葉をつむぐ。

北広島高校3年・小林 遼世さん(ラジオドキュメント):
現在、ウクライナ侵攻などにより、戦争は決して過去のものではなくなりました。戦争や原爆について学び、考え、そしてひとりひとりが自分の意見を持つこと。それが、私たち高校生をはじめ、次の世代が取るべき姿勢ではないでしょうか

(北海道文化放送)