「数学」と聞くと、“文系”タイプの多くは、中学・高校時代の苦い記憶がよみがえるかもしれない。

しかし、今の時代に数学がビジネスの現場で必要不可欠になっているという。ビッグデータやAI、自動運転、新型コロナウイルスの感染シミュレーションなど、高度な数学が関わるニュースも多くなった。

数学的な知識を持つことが、日常生活やビジネスにおいても理解を深めることになる。

ここで言う「数学」は、教科書に出てくるような「公式を使って解く」や「細かい計算を実行するスキル」ではない。数学的な発想法や思考法を意味している。

では、どのようにして数学的な思考を身につければ良いのか。数学を武器にキャリアを築き、現在は数学を駆使して金融市場を分析するクオンツに従事し、『数学独習法』(講談社現代新書)の著者である冨島佑允さんに聞いた。

大切なのはざっくりとした理解

新型コロナウイルスの感染が拡大した当初、「指数関数」や「再生産数」という言葉がニュースなどで使われ、その言葉をはじめて知った人もいるだろう。

これらは、感染の勢いの予測やどこまで接触を抑えれば感染が収まるのかといった推定をするための数式に関係する用語である。「人との接触を8割減らす」という方針も、専門家集団の数学的分析から導き出された。

新型コロナウイルスの対策を講じるためのデータ分析や建設、建造、航空、宇宙など理系的な分野以外にも、経営戦略、売上管理、売上目標など「文系のものだと思われていた」ビジネスでも、数学を用いることが顕著になった。

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ビジネスの世界で不可欠になってきている数学。改めてにはなるが、ビジネスパーソンに必要とされる数学のスキルは、計算能力ではない。「こんな考え方をしているんだ」というざっくりとした全体の理解感だと冨島さんは言う。

この全体の理解感というのは、歴史に関してあまり知識はなくても「何時代があったのかは知っている」やマナー講師ではないけど、だいたいのマナーは把握しているというような感覚と同じ。

全体を理解した上で、数学とは「何か」、どう考えられていて、私たちの世界でどんな役に立っているのか、その俯瞰図を作り上げると、ビジネスにも応用することができるという。

文系も理系も“考えていること”は同じだった

そこで押さえておきたいのは、数学的な思考は文系的な思考と多くの共通点があるということ。

冨島さんは「アプローチの方法は異なりますが、考えの基本は同じ」だと語る。

仕事上の課題に直面した際、その課題を理解、整理、解決へと導くために試行錯誤する。文系的な思考は、情報から仮説を立ててみたり、図や絵を描いて情報を整理してみたり、課題を分解して議論を進めやすくしたりするアクションを起こすだろう。

文系は主に課題解決に対して「言葉」で考えている。一方、理数系の場合は「数式」を使う。つまり、言葉で考えているのと数式を使っているだけで、“考えている”ことは同じなのだ。

数学的な思考のアプローチはいくつか分野があるものの、冨島さんは4つの基本的な分野に分けられると説明する。仮説を立てる「代数学」、絵や図で整理する「幾何学」、課題を分解する「微積分学」、膨大なデータの全体を俯瞰する「統計学」。

ビジネスパーソンにとっては統計学が一番身近かもしれないが、具体的には、AI・機械学習・ビッグデータの分析は幾何学や統計学、新型コロナウイルスの対策を考えるための方針を示すものとして代数学が使われたりしている。

計算・数式ではなく“考え方”を学ぶ

得意不得意はあったとしても、誰もが一度は数学に触れてきた。しかし、中学・高校時代の数学の勉強法では「数学的な思考」を身につけることは難しいと冨島さんは言う。

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「中学・高校時代の数学の勉強法は、公式を覚えて解いていくような形で、教えられた通りに解いていくことが基本です。数学的な思考は、例えば『なぜ売上が下がったのか。その売上を1割上げたい』と思ったときに、分析してどんなアクションを起こすかを考えること。中学・高校時代に学んだ数学と社会人になってから求められる数学の力は違うのです」

では、忙しいビジネスパーソンは、どのようにして数学的な思考を身につけていけば良いのだろうか。

ちなみに、理数系の分野が得意だからといって、「数学的な思考を持ち合わせているとは限らない」と冨島さん。また、文系で「理数系は苦手…」と認識している人がビジネスで必要とされ、自然とその思考を身につけている人もいるという。

学び始める際に考えたいことが、自身が携わる仕事内容と照らし合わせること。そして、気になる分野について書かれている本を読んでみたり、講座を受けてみたりしてみる。もちろん、『数学独習法』を手に取ってみてもいい。

ほんの一例だが、「広告費はいくらにすればよいか?」という課題を多く扱う場合は、その解決方法(広告費の額)は代数学を用いて導き出せる。つまり、代数学を深く掘り下げることがビジネスに活用できる。ビッグデータなど膨大なデータを扱っている場合は、統計学がメインになるだろう。

最近、よく聞く「データサイエンス」も数学的な思考で課題解決に臨むものだ。データサイエンスとは、ビッグデータなどのデータを分析して新たな見識を導き出すことを目的としている。

冨島さんいわく、実際のデータサイエンティストたちは、数学やプログラミングなどを使っているが、数学的な思考として求められているのは、彼らがどのように考えてその数字(答え)を導き出しているか、その考え方の理解だという。

もし、あなたが「数学」を学ぼうとして1冊の本を手に取ってみたとする。中には、説明上必要とされる公式や計算式もあるため、苦手意識がよみがえるかもしれない。

しかし、頭に入れておきたいのは1つ1つの公式や計算式を解いて理解することではない。「こんな風に考えられているんだ」というなんとなくの感触だ。その思考の道筋を知ることが、数学的な思考を会得することにつながる。

「私の著書も最初は斜め読みでも構いません。ぼやっとしたイメージをつかんで、知識として学びたい分野があれば、学んでいく。それが学び方です」

これからの時代は“二刀流”

数学的な思考が身につくと、どんなことに生かせるのか。

例えば、部下や同僚、上司などが作成したパワーポイントの資料に載る円グラフや折れ線グラフ等で視覚化されたデータを読み解く力もつく。

「プレゼンテーションで示された資料でも、プレゼンターが主張するようなデータになっているのか、それが正しいのか、整合性がとれているのかなどの思考に結びつきます。提示されたデータをうのみにせず、より深く考えることができたり、理解できるようになります」

なぜ、こうしたデータが記載されているのか。そのデータが導き出された理由、課題解決への答えも数学的な思考があれば、解きほぐすことができるのだ。

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これからの時代は、文系であっても理系の知識、理系であっても文系の知識といった両方の知識を持っている人が、ビジネスにおいて活躍できる場が広がると冨島さんは語る。

文系は数学的な思考、では理系にはどんなスキルが必要とされているのか。

冨島さんは「理系はどうしてもEQ(心の知能指数)のような、相手の状況や気持ちを把握した上で対応することが苦手な傾向があります。私もそうです。仕事をしていく中で学んで鍛えていきました。EQは文系ビジネスパーソンのスキルだと思われがちですが、理系も意識して身につけていかなければならない」とする。

「文系・理系、両方を大きくするのは難しいですが、どちらかをメイン、どちらかをサブとしてスキルを持つことで、新しい可能性も広がります。“二刀流”の人材はこれから求められていきます」

AIやビッグデータ分析もビジネスに取り入れられる時代。目の前の数字をただ真正面に受け取るだけでなく、その数字がどのようにして導き出されたのかまで考えられることが、あなた自身をアップデートさせる。「数学が苦手」と遠ざけていたとしても、学び始めるのは今からでも遅くないのだ。

『数学独習法』(講談社現代新書)
『数学独習法』(講談社現代新書)

冨島佑允
京都大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科修了(素粒子物理学専攻)。修士(理学)、MBA in Finance(一橋大学)、CFA協会認定証券アナリスト。大学院在籍時は欧州原子核研究機構(CERN)で研究員として従事。修了後はメガバンクでクオンツ(金融に関する数理分析の専門職)として信用デリバティブや日本国債・日本株の運用と担当。ニューヨークのヘッジファンドを経て、2016年より保険会社の運用部門。著書には『日常にひそむ うつくしい数学』(朝日新聞出版)『物理学の野望』(光文社新書)など。

イラスト=さいとうひさし

プライムオンライン編集部
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