天皇皇后両陛下は5月15日、政府と沖縄県が主催する「沖縄復帰50周年記念式典」に、お住まいの御所からオンラインで出席されました。
式典は沖縄と東京の会場をつないで開催され、天皇陛下はお言葉を述べられました。

《陛下お言葉》
「大戦で多くの尊い命が失われた沖縄において、人々は「ぬちどぅたから」(命こそ宝)の思いを深められたと伺っていますが、その後も苦難の道を歩んできた沖縄の人々の歴史に思いを致しつつ、この式典に臨むことに深い感慨を覚えます。」

陛下は「ぬちどぅたから」という、沖縄の言葉を用いながら思いを示されました。

昭和天皇と沖縄

昭和47年(1972年)5月15日。戦後27年間、アメリカの統治下に置かれていた沖縄が、日本に復帰しました。その式典で昭和天皇がお言葉を述べました。

《昭和天皇お言葉》
「先の戦争中、及び戦後を通じ、沖縄県民の受けた大きな犠牲を悼み、長い間の労苦を心から労うとともに、今後、全国民が更に協力して平和で豊かな沖縄県の建設と発展のために力を尽くすよう、切に希望します。」

昭和47年(1972年)5月15日 「沖縄復帰記念式典」でお言葉を述べられる昭和天皇(東京・千代田区)
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昭和天皇は、沖縄訪問を強く希望していましたが、皇室への反感が根強い、複雑な県民感情や自身の体調悪化で実現しませんでした。

上皇さまと沖縄

昭和天皇の思いを受け継ぎ、沖縄に心を寄せ続けられたのが上皇さまでした。
昭和50年(1975年)7月、本土復帰を果たした3年後、皇太子時代の上皇ご夫妻は、戦後の皇室で初めて沖縄をご訪問。

地上戦の舞台となり、住民を含む20万人以上が犠牲となった沖縄。県民からは、ご訪問に反対する声もあがりました。訪問前、周囲の心配の声に対して上皇さまは「何が起きても受けます」と覚悟を述べられたと言います。

昭和50年(1975年)7月 「ひめゆりの塔」に献花される上皇ご夫妻(沖縄・糸満市)

ご夫妻は到着後、まず、糸満市の「ひめゆりの塔」へ向かわれました。白菊の花束を手向け、黙とうを捧げられた直後のことでした。地下壕に隠れていた過激派が、ご夫妻に火炎瓶を投げつけたのです。周囲は大混乱になりましたが、幸いご夫妻にけがはありませんでした。この事件のあとも、ご夫妻は予定を変更することなく慰霊を続け、遺族の話に耳を傾けられました。この日、上皇さまは異例の談話を発表されました。

《上皇さまの談話》
「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心寄せ続けていくことをおいて考えられません。」

上皇ご夫妻 11回も沖縄ご訪問

平成5年(1993年)、上皇さまは、天皇として初めて沖縄の地に降り立たれました。沖縄平和祈念堂では遺族の代表150人と会い、原稿を見ることもなく、語りかけるようにお言葉を述べられました。

《上皇さまお言葉》
「20万の人々が犠牲となったことに対し、言葉に尽くせぬものを感じます。ここに、深く哀悼の意を表したいと思います。」

集まった遺族ひとりひとりに、丁寧に労いの言葉をかけられたご夫妻。「お父さまを亡くされたんですか?どうぞ皆さん力を合わせてお元気で」など遺族にやさしく語りかけられました。上皇ご夫妻の真摯な姿勢に、皇室に批判的だった人々の心も、少しずつ解きほぐされていったと言います。

平成5年(1993年)4月 沖縄平和祈念堂でお言葉を述べられる上皇さま(沖縄・糸満市)

ご夫妻は退位するまでの間に、11回も沖縄を訪問されています。
上皇さまは平成30年(2018年)の誕生日会見で…。

《上皇さま会見のお言葉》
「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。」
と述べられています。

天皇陛下と沖縄

天皇陛下が初めて沖縄を訪問されたのは昭和62年(1987年)、27歳の時でした。戦争の犠牲者を追悼し、遺族とも懇談されました。
訪問後、「ぬちどぅたから」(命こそ宝)という沖縄の人々の思いについて、
「この平和を求める痛烈な叫びが国民全ての願いとなるよう切望しております」と感想を発表されました。

昭和62年(1987年)8月 沖縄初訪問の陛下(沖縄・糸満市)

天皇皇后両陛下は、平成9年(1997年)7月、ご夫妻で初めて沖縄をご訪問。陛下は、これまでに沖縄を5回訪問し、昭和天皇、上皇さまから受け継いだ沖縄への思いを大切にされています。

若い世代に受け継がれる沖縄への思い 「豆記者」とのご交流

昭和38年(1963年)に上皇さまが始められた、沖縄と本土の小中学生が交流する「豆記者」とのご懇談。昭和43年(1968年)には、当時8歳の陛下が参加し沖縄の踊りなどをご覧になりました。

昭和43年(1968年) 豆記者と交流される陛下(長野・軽井沢町)

昭和54年(1979年)、中学生の秋篠宮さまも出席し「豆記者」たちの発表を熱心に聞かれていました。

昭和54年(1979年) 豆記者と交流される秋篠宮さま(東宮御所)

「豆記者」との交流は天皇ご一家に引き継がれ、愛子さまは2歳の時、初めてご参加。さらに中学2年生の時には、1時間にわたり同世代の子どもたちと談笑されました。

平成28年(2016年) 豆記者と交流される愛子さま(東宮御所)

お代変わりで、秋篠宮家が「豆記者」との交流を受け継ぎ、長男・悠仁さまも中学1年生の時に参加されています。
沖縄に寄せる思いは、若い世代へと引き継がれているのです。

令和元年(2019年) 豆記者と交流される悠仁さま(赤坂東邸)

今回の記念式典で未来への決意を語る若者を見守り、天皇陛下は、今後の沖縄について述べられました。

《陛下お言葉》
「沖縄には今なお様々な課題が残されています。今後、若い世代を含め、広く国民の沖縄に対する理解が更に深まることを希望するとともに、今後とも、これまでの人々の思いと努力が確実に受け継がれ、豊かな未来が沖縄に築かれることを心から願っています。」

(「皇室ご一家」5月22日放送)

記事 20 皇室ご一家

天皇・皇后両陛下をはじめ天皇ご一家のみなさまのご公務や私的なご旅行、そしてご趣味などをくまなく取材。「皇室」の今をできる限り詳しく紹介します。
1979年の放送開始から40年以上にわたって皇室の方々のご動静を紹介してきた「皇室ご一家」。
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