上皇ご夫妻は4月12日、引越しのためおよそ2年間を過ごした東京・港区高輪の仙洞仮御所を後にされました。出発の際、地元の人たちの見送りに笑顔で応えられました。

お孫さまの成長を静かに見守られた上皇ご夫妻

仮御所では、朝夕に庭を散策し四季の移ろいを感じながら、穏やかな生活を送られた上皇ご夫妻。上皇后さまは「ここは空が広く感じられる」と、上皇さまと共に空を見上げられたこともあったそうです。

ご夫妻はここでお孫さまの成長の節目を静かに見守られてきました。去年10月、結婚の前日にお別れの挨拶に訪れた小室眞子さんを、上皇后さまは黙って抱きしめられたといいます。また、去年12月には、二十歳を迎えた両陛下の長女・愛子さまが正装姿で仮御所をご訪問、成年の報告を受けられ、4月9日には、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまから筑波大学附属高校入学の挨拶を受けられました。

去年12月5日 仙洞仮御所を訪問される愛子さま
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ご夫妻がご交流を重ねた園児たちがお見送りに…

ご夫妻はコロナ禍で外出を控える中、地域の人たちとのつながりを大切にされたといいます。
ご出発の日、見送りに来たのは近所の保育園の園児たち。おととしの秋、保育園の職員が敷地内のドングリを拾わせてもらったことをきっかけに、園児とご夫妻との間にあたたかく微笑ましい交流が始まりました。
園児たちはお礼としてドングリを使った作品を届け、ご夫妻の誕生日やクリスマスにはハゼの研究をされている上皇さまのためにハゼの絵を描いた手作りのカードや、お花が好きな上皇さまのためにフェルトの花かごを贈りました。
ご夫妻は、作品を飾るなどして大変喜ばれたといいます。

保育園児など地元の人たちから見送りを受けられる上皇ご夫妻

愛星保育園・村岡恵美子園長:
「女官長さまを通じて『(ご夫妻が)すごく喜んでいらっしゃいます。』というお言葉はいただきました。もちろん、それは子どもたちの方にも伝えました。」
「(お見送りの際には)両陛下とも身を乗り出すように、こちらを見てくださって、本当に一人一人子どもたちの顔を見てくださっていたので、子どもたちはちょっと緊張した面持ちでしたが、でも本当にうれしそうに手を振ってお見送りできたかなという風に思います。」

高輪での2年間についてご夫妻は、あたたかい思い出として大切に振り返られているということです。

上皇ご夫妻 葉山御用邸 ご家族との思い出

仙洞仮御所を出発したご夫妻は、新しいお住まいの準備が整うまで神奈川県の葉山御用邸に滞在されます。葉山御用邸は、ご夫妻の思い出がたくさん詰まった場所でもあります。

葉山町に御用邸ができたのは、明治27年。戦前から皇室の方々がたびたびこの地を訪れました。昭和34年5月、ご結婚の翌月に、初めてお2人揃って葉山御用邸で静養された上皇ご夫妻。多忙な日々から解放されリラックスされたご様子でした。

昭和34年5月 御用邸付近をご散策

3人のお子さまが生まれてからも毎年のように葉山へ。磯遊びを楽しんだり、船に乗ったりとご家族で大切な時間を過ごされてきました。

昭和46年1月、葉山御用邸は火災により焼失しましたが、昭和56年11月に再建。翌月の12月にご一家で初めて訪問した際には、地元の青年たちによる「葉山太鼓」などの歓迎を受けられました。

昭和56年12月 上皇ご一家に披露された「葉山太鼓」は、その後「葉山御前太鼓」とも呼ばれるように

平成3年1月には、一色海岸で行われた「どんど焼き」の輪の中へ。
上皇さま「どうぞ元気でね」
上皇后さま「どうもありがとうございます、良いお年をね。」
ご夫妻は、葉山を訪れる度に地元の人たちと交流を重ねてこられました。

平成4年1月、当時の皇太子さま、今の陛下が愛用のカメラでご両親を撮影される珍しい場面がありました。ご夫妻は満面の笑みで応じ、和やかなひとときを過ごされました。

平成4年1月 カメラを手にされた陛下と

平成21年9月、上皇ご夫妻が地元の人と共に海岸に運ばれたのは櫓が2つある「二挺櫓(にちょうろ)」と呼ばれる和船です。
終戦直後、疎開先の日光で漕ぎ方を覚えられたという上皇さま。上皇后さま、そして秋篠宮妃紀子さまと3歳になったばかりの悠仁さまを乗せ、ゆったりと和船を漕ぎ楽しまれました。

平成21年9月 和船を漕がれる上皇ご夫妻

ご家族の思い出がある葉山で2週間過ごしたあと、上皇ご夫妻は4月26日、赤坂御用地の仙洞御所に移り住み新生活を始められます。

(「皇室ご一家」4月17日放送)

皇室ご一家
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