職場でのパワーハラスメントを防ぐための法律が施行されてから、2022年6月で2年となる。これまでは大企業での適用だったが、4月1日からは企業規模に関わらず、防止対策を講じることが義務化された。
そんな2年間はコロナ禍でもあったが、パワハラは減ったのか。
就職・転職全般の調査研究を行う「Job総研」が3月、従業員が20人以上の企業に所属する20歳~69歳の男女605人に、過去1年間のハラスメント被害を聞いたところ、新たな問題も起きていることが分かったのだ。
調査では、全体の43.6%が何らかのハラスメントを感じたと回答。体験したハラスメントは「パワーハラスメント」(64.0%)、「モラルハラスメント」(30.3%)、「リモートハラスメント」(26.9%)、「コロナハラスメント」(24.2%)、「セクシャルハラスメント」(8.3%)だった。
なおJob総研は2021年にも同様の調査を行っていて、その時ハラスメントを感じたのは全体の46.5%。体験した内容は「パワハラ」(79.7%)、「モラハラ」(44.2%)、「リモハラ」(5.8%)、「コロハラ」(3.5%)、「セクハラ」(9.9%)。
比較するとパワハラは減っていたが、テレワークやコロナ関連のハラスメントが一気に増えていた。
被害者の約半数が「転職」で解決を検討
具体的にハラスメント被害者たちの現状はどうなのか。2022年の調査結果で、ハラスメントの頻度や被害状況が明らかになっている。
ハラスメント被害者に聞いたところ、加害者は「直属の上司」が68.2%と最も多く、続いて「先輩」「同じ地位・役職者」などが目立つ。頻度は「週に数日」(34.5%)、「月に数日」(29.5%)、「ほぼ毎日」(20.8%)、「年に数日」(15.2%)となり、半数以上が週に数日以上の被害を受けていた。
被害者に自身への影響を聞くと、「精神的なダメージで不安定になった」「体調を崩した」「自分を責めるようになった」などの回答が見られた。3.4%ではあるが「自殺を図った(考えている)」と答えた人もいた。
こうしたハラスメントが「解決した」のは、被害者のわずか12%で、そのほかは「現在も続いている」(28.1%)、「転職を考えている」(26.6%)、「転職した」(23.1%)、「解決に向けて動いている」(10.2%)という結果に。約半数が「転職」での解決を検討していたのだ。
なお調査ではこのほか、勤務先がハラスメント防止対策をしているかどうかも聞いていて、全体の68.2%が何かしらの対策をしていると回答。具体的には、相談窓口を設けたり、ハラスメントガイドラインの周知などを行っているとのことだった。
受け手の認識が変わっただけでハラスメントは減っていない
パワハラ防止法が施行され、防止対策を講じる企業もあるが、被害に悩む人は多く思える。これはなぜだろうか。Job総研を運営する企業「ライボ」の広報担当・堀雅一さんに伺った。
――2022年の調査結果をどう見ている?
調査結果だとパワハラは減少傾向ですが、ハラスメント全体は減少したとは言えません。実際は受け手がパワハラと認識するのが減っただけだと感じます。リモハラ・コロハラの急増が裏付けになっています。直接のコミュニケーションが減り、直接の暴力や言動が急激に減ったことから、そう感じるようになったと推測します。パワハラ防止法だけではハラスメントを大きく減少させることは難しく、被害者に寄り添った企業の防止対策の徹底、加害者の意識を変える施策が必要と感じています。
――「コロハラ」「リモハラ」の具体例を教えて。
【コロハラ例】
・少し体調が悪いと漏らしただけで、コロナ感染者扱いされ、社内で個人名を出して周知の通達がされた。かなり不快な思いをして、周りの目が気になるようになってしまった。
・ワクチン接種済み社員リストが作られ配布されたことで、ワクチン未接種者が差別的な扱いを受けた。
・社内のコロナ感染者の悪口を聞かされ口止めされた。「みんなも同じこと言ってるから〇〇さんとは関わらない方がいい」と言われた。その方は孤立して退職した。
【リモハラ例】
・リモート画面に映ったプライベートな部屋のことや容姿のことに触れられて不快感を感じた。
・リモートの密室で、過度に能力の否定的な言葉を浴びせられ精神的な病で通院することになった。
・当事者がいないリモートミーティングで悪口を言われたり、悪い噂を流され、回り回って耳に入ってきて不快な思いをした。仲間を信じられなくなり転職した。
――コロハラやリモハラはどうして増えた?
コロナ禍とリモート勤務で、特有の嫌がらせや不快感を与える言動などが増加したことが大きいと考えます。コロナの感染者は「周りに迷惑をかけた」「職場で嫌がられるのでは」と敏感になりますが、企業側の体制が整っていなければ感染者を執拗に責めてしまったり、少し体調が悪いだけでも無意識に距離を置いたりすることも考えられます。
リモート勤務の場合、上司や社員同士など2人でミーティングするケースも少なくないので、実質的な密室空間が出来上がります。その結果、加害者・被害者の双方で誤解が生まれやすくなっていることも挙げられます。ハラスメント防止対策をする企業が増加傾向にあるのは事実ですが、機能していないケースが大半で、リモートを想定した対策をしているところは少ないです。
逃れる方法がないと「転職」を選ぶ
――被害者の約半数が転職で解決しようとしているが、これはなぜ?
企業のハラスメント防止対策が機能していないのが要因と考えます。例えば、「社内の相談窓口は表向きには相談者に不利益がないように配慮する」となっていますが、事実確認をすると被害者が相談をしたことが分かってしまう。そのため、ハラスメントが悪化したり、相談した側が扱いづらい社員として、人事評価を下げられることも容易に起こり得ます。
結果、明らかなハラスメントでも泣き寝入りするケースが多いのが現状です。法改正されても企業の体制が不十分なことから、個人で解決することしか被害から逃れる方法がないと判断せざるを得ない状況で、転職を選ぶ方が多いのではないかと考えます。近年ではキャリア選択の自由度が増し、転職のハードル自体が下がったことも大きいと思います。
――被害者が転職以外で解決する方法はある?
各都道府県の労働局や労働基準監督署内には「総合労働相談コーナー」があり、職場トラブルの相談や解決に向けた情報提供を行なっています。また弊社では「JobQ」(https://job-q.me/)という”働く”に関する匿名相談サービスも運営しています。ここでは職場でのハラスメントやトラブルなどの相談にも対応しています。
社内での対応が難しそうでしたら、まずはこうした相談窓口で悩みを吐き出し、自分なりの解決策を見つけてほしいです。
――ハラスメントを防ぐために、企業や上司はどうすればいい?
まずできるのは、多くのコミュニケーションをとることですが、現代のハラスメントの知識を共有できる社内制度も重要と思います。どのようなことがハラスメントにあたるかを社内で共有できる企業文化や制度の醸成だけでも、双方の誤解を減らせると思います。上司が気を使いすぎて相手を不快にさせるケースもあるので、正しい知識を身につけることが重要と考えます。
――リモート環境を想定した防止対策はあるのか。
まずは何がハラスメントにあたるのかの知識を共有すること。働き方が変わったことを踏まえて、現場でどのようなことが起きていて、このようなことをしたら加害者になるかもしれない、自分ごとに置き換えて考えることが必要だと思います。
リモートだと必要事項だけのコミュニケーションで終わることが多いので、悩みを抱え込みやすいところもあります。これまでニュアンスで成り立っていたコミュニケーションが成り立たない、普通に発した言葉で勘違いさせてしまうこともあるでしょう。対面のような感覚で雑談できるような仕組みが必要なのかもしれません。
――パワハラ防止法はこの4月から中小企業でも義務化された。どう受け止めてほしい?
中小企業は社長や役員などの経営陣が現場に関わるケースも多いかと思います。レポートライン(業務報告などの経路)が直接、社長ということもあり、経営陣の言動が企業の雰囲気や文化に大きく関わりますので、積極的に防止対策に関わることが求められると思います。
中小企業は人材やリソースが十分ではないことから、対応が後回しとなることもあるかもしれませんが、逆に情報周知のスピードや浸透は迅速に進められるとは思うので、スピード感を生かして全社で取り組めるとも思います。企業としても個人としても、ハラスメント被害を自分ごととして受け止める。企業内の制度を見直したり、ハラスメントの正しい情報を能動的にインプットして共有する。それだけでも被害の抑制につながると思います。
堀さんによると、ハラスメント被害者が悩みを抱え込むのは、相談できる環境がないこと、相談が職務上の不利益となることが大きいのではないかという。「社内で悩みを打ち明けられる」環境が必要だろうが、場合によっては公的機関などの外部も頼ってほしい。