「44年ぶりの凶悪事件」に無期懲役判決

「44年ぶりの凶悪事件」と言われた事件をご存じだろうか。2020年9月、豊島区椎名町で当時35歳の女性会社員が自宅アパートの部屋に侵入してきた佐藤喜人被告(30)に暴行されたうえ殺害されたものだ。先月17日、東京地裁は犯人の佐藤被告に無期懲役を言い渡した。

佐藤被告は近所に住む面識のない被害者を路上で見つけて尾行し、部屋を割り出して、わいせつ目的で犯行に及んだ。身勝手極まりない冷酷な凶悪事件だった。

事件が減ったと言われて久しい都内で逮捕時に「強盗強制性交(強姦)殺人」という被疑罪名がついたのは昭和52年以来、実に44年ぶりだったそうだ。(※強盗強制性交等殺人容疑での再逮捕は2021年1月。※「強盗」についてはその後「窃盗」に訴因変更された」。)

目白署に入る佐藤喜人被告(2020年12月6日)
目白署に入る佐藤喜人被告(2020年12月6日)
この記事の画像(12枚)

着手前日 事件記者の”戦い”

「佐藤容疑者」逮捕をめぐっては報道各社も当時喧騒の渦にあったことを思い出す。それに加えて、この事件でも防犯カメラの威力をまざまざと見せつけられた。

2020年12月、「あす着手」との情報を掴んだ捜査一課担当の筆頭記者である「仕切り」が捜査一課長にあてたところ、うちだけでなく数社が勘づいている雰囲気。一課長は「ホシのヤサに我々が踏み込むまでカメラは絶対外に出すな」と鼻息が荒い。犯人の行動が予測しづらい状況なのだろうか。緊張感が伝わってきた。

着手前日、事件記者たちの”戦い”が繰り広げられていた。
着手前日、事件記者たちの”戦い”が繰り広げられていた。

さらに仕切り記者は犯人の駐車場について情報を得る。これが非常に大きかった。住所を調べると駐車場は犯人の自宅アパートと幹線道路を挟んで反対側の離れた場所にあった。すぐに一課担4番旗記者を派遣し、まだ駐車されていた犯人のものと思しきワゴン車を撮影した。

逮捕前の容疑者宅にマスコミ各社が集まる事態に

翌日、朝4時からカメラクルーを乗せたハイエースは豊島区の犯人の自宅アパート近くの路上で息をひそめて待機した。少し離れたところに同じようなバンがもう1台いた。NHKか。駐車場の方は?確認したところ、昨日撮影できたワゴン車がいなくなっていてメディアらしき車もないそうだ。

そうこうしていると、犯人が別の場所にいて自宅に帰っていないという情報が入ってきた。なるほど、だから車もないわけだ。自宅に帰ってきたところを逮捕する予定とのこと。待てども待てども動きのない中、別のテレビクルーのハイエースが1台現場に現れた。

逮捕前にもかかわらず、容疑者宅をマスコミ各社が囲む事態に・・・。
逮捕前にもかかわらず、容疑者宅をマスコミ各社が囲む事態に・・・。

そしてまた1台また1台と、結局、昼までに犯人のアパート周辺にはマスコミ全社が五月雨式に集まる事態に。「他社ながらあっぱれ」と舌を巻いた。前日まで事件の存在すら知らなかった社は、通常大人しく「特落ち」という屈辱に服するものだ。

彼らは当日にやっつけで事件の着手情報を掴んだうえに、短時間で犯人の住所という核心情報まで得ているのである。逆の立場であったら、土壇場で我々はそんなウルトラCを演じられただろうか。

事件取材の”主戦場”が埼玉に

妙な感心をしている間に、犯人は埼玉にある祖父の家に泊まりに行ったという情報が舞い込んだ。捜査一課は祖父の家周辺で本人との接触を試みて、任意同行を求め、近くの埼玉県警東入間署に身柄を入れる方針に変わったという。

警視庁が埼玉県警の警察署を借りる。前例がないわけではないがイレギュラーバウンドだ。任意での調べ時間をできるだけ短くしたい、安全な警察施設で話が聴きたい、捜査側にはさまざまな理由があっただろう。この異例の措置は、当面、犯人が豊島区の自宅アパートには戻らないことを意味した。

女性の遺体が見つかった現場(2020年12月 栃木・那須町)
女性の遺体が見つかった現場(2020年12月 栃木・那須町)

すぐさま東入間署にカメラを出す。急行したクルーが署に入る練馬ナンバーのそれらしき捜査車両を撮影したが後部座席はもぬけの殻だった。そこから時を置かず「近所に住む男を事情聴取」で速報を打ったのは午後4時近くになっていた。

そして被害者の遺体の捜索活動が栃木県那須町にある犯人の祖父の別荘で行われるとの情報が入る。夕方ニュースに入れるべく、すぐさまカメラ・中継車を派遣した。豊島区の犯人の自宅アパートに釘付けになっていた各社は大慌てだった。

赤色灯を光らせサイレンを鳴らして東北道を緊急走行し現場に急行した鑑識課や捜査一課の刑事たち。しかし彼らの到着をメディアのカメラが迎えたという話もあるから驚くばかりだ。

事件記者の”防犯カメラ”合戦が始まる

犯行後、佐藤容疑者は証拠隠滅をはかるため遺体や被害者の荷物を自分のワゴン車へと運んでいる。住宅街の防犯カメラには犯行直後の犯人の姿がどこかに残っているかもしれないと思うのは当然だった。

その姿にこそ人を殺めた人間の業が滲み出ているかもしれない。防犯カメラ映像を入手し犯人の実際の行動を活写することで、テレビメディアは事件そのものの本質に少しでも迫ろうと考えている。

FNNが入手した佐藤喜人容疑者(当時)を捉えた防犯カメラ映像
FNNが入手した佐藤喜人容疑者(当時)を捉えた防犯カメラ映像

そこで佐藤容疑者の駐車場についての「ただの情報」が「活きた情報」に変わる。取材チームは防犯カメラ探しを駐車場と犯行場所である被害者の自宅アパートを結ぶルートに絞った。被害者の自宅アパートから荷物などを運んだ先は車だからだ。

このルートを取材している際に不思議と他社の記者に遭遇することがなかったそうだ。駐車場の場所が割れていなかったのではないかと推察できる。当初、最短と思われるルートから枝分かれする道もある。

辻という辻を歩いて新たな行き方がないか確かめつつ、その道路に向けられている防犯カメラがないか1軒1軒の住宅を丹念に観察していく。カメラがあればインターフォンを押して伺ってみるのだ。

佐藤容疑者が携帯電話を捨てた場所で立ち止まるのを捉えた防犯カメラ
佐藤容疑者が携帯電話を捨てた場所で立ち止まるのを捉えた防犯カメラ

結果、ある住宅の防犯カメラ映像入手に漕ぎつける。その映像には、佐藤容疑者が証拠隠滅のため被害者の携帯電話を棄てた場所で足を止めるシーンが映っていた。携帯を棄てるアクションそのものは映っていなかったが、夜の街頭に照らし出されて延びる佐藤容疑者の影がゆらゆらと揺れ、その黒い影が携帯を放り投げるアクションをより生々しく物語っているかの様に見えた。

この映像は捜査一課も入手し、殺害した被害者の所持品を棄て証拠隠滅する、その重要な傍証となったのは言うまでもない。都内は無数の防犯カメラが存在する。「今、まともな人間は都内で犯罪をしない。すれば防犯カメラ映像がもとになり必ず捕まるから」と豪語する警視庁の捜査員がいるくらいだ。

捜査員にとっても事件記者にとっても、防犯カメラ映像を入手するという仕事は最優先になっているのだ。

(フジテレビ報道局 上法玄)

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。