炭鉱閉山から20年 過疎の島で暮らす3世代家族「暮らしは厳しいが大切な故郷」 記念祭に元島民が集結【長崎発】
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炭鉱閉山から20年 過疎の島で暮らす3世代家族「暮らしは厳しいが大切な故郷」 記念祭に元島民が集結【長崎発】

長崎市の沖合に浮かぶ島「池島」。炭鉱で栄えた豊かな島だったが2001年11月に閉山し、ヤマの歴史に幕を閉じた。それから20年。人口わずか100人となった池島の今と、そこで暮らす3世代家族の姿を取材した。

最盛期は約8000人 炭鉱で栄えた「池島」

池島は、長崎市の神浦港からフェリーで約30分のところにある周囲4kmほどの小さな島だ。

かつて炭鉱で栄えた「池島」
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かつて良質な石炭が採れたこの島には、炭鉱マンとその家族など、多い時で約8000人が暮らしていた。

当時の採炭の様子

しかし、石炭から石油の時代に変わると島の状況が一変した。2001年に閉山を余儀なくされ、多くの人が島を離れて行った。

多くの人が島を離れ寂れたアパート

現在、住民のほとんどは高齢者だ。島に郵便局と診療所はあるものの、銀行や交番などはない。
またスーパーやガソリンスタンドもなくなり、週に一度の移動スーパーが住民の暮らしを支えている。

住民の暮らしを支える移動スーパー

島唯一の学校、池島小中学校。かつては2000人以上が通っていたが、今の在校生は中学3年生の近藤雄大君と、小学6年生の近藤惠大君の兄弟2人だけ。2人は生まれも育ちも池島だ。

中学3年生・近藤雄大君と小学6年生・惠大君 学校の生徒は兄弟2人だけ

2人の家族は港近くのアパートで暮らしている。3世代5人家族で、祖父の秀美さん、祖母の惠子さん、母親のめぐみさんが、港で船の切符販売の仕事をしている。

3世代5人で暮らす近藤さん一家

池島では、炭鉱時代のアパートのなごりで多くの家にはお風呂がなく、かつての共同浴場が今は銭湯として使われている。大きなお風呂でのひと時は、一家の楽しみでもある。

一家の楽しみでもあるという銭湯

祖父の秀美さんは22歳の頃、生まれ故郷の長崎県佐世保市から池島に移り住んだ。炭鉱の下請け会社で働いてきたが閉山で職を失い、しばらくして島で食堂をすることを決めた。当初、奥さんの惠子さんは気乗りしなかったが、説得したという。

島で食堂をすることを決めた秀美さん・惠子さん夫妻

近藤秀美さん:
やっぱり生活のためですよ。飯を食っていかないといけない

生活に不便を感じるも「見捨てられない」 孫の進学は

しかし、過疎の島という現実は一家の暮らしに重くのしかかっている。

近藤秀美さん:
大体、お店もない、警察がない…。そういうところで生活すること自体がやっぱり厳しい。IターンだUターンだ移住だと、どこの市町村でもやってるけど、ここは店もない、警察もない、病院もいつどうなるか分からん。そういうところは、やっぱり厳しい

池島は今、島の振興策の一つとして炭鉱跡を利用した観光に力を入れている。コロナ前には年間約5000人の観光客が訪れていて、近藤さん一家の食堂では観光客向けの弁当販売も10年ほど前から始め、収入につなげている。

若い頃から自分を育ててくれたこの島を簡単には見捨てられない。そんな思いが、秀美さんをここにとどまらせている。一方、中学3生の雄大君。島に高校はなく、希望する高校は島から通える県立高校だ。

雄大君:
学校選びとかは、近いところを選ぼうかなとしか考えてなかった。家から通った方が何かといいかなと思ったので。今まで1人だったから、多人数の学級が初めてとか、毎日行くことになるからちょっと不安だから。ここから通おうかなって

島から通える高校に進学を希望する雄大君

惠太君:
池島には子供が俺と雄大しかいなくて、寂しい感はありますね。小学生が来たら池島小学校は続くけど、来なかったら閉校。寂しい気持ちもあるけど、願うしかないですね

転校生が来ることを願う弟・惠太君

閉山から20年 元島民たちが記念の祭に

2021年秋。閉山から20年を記念して、島民だけでなく、かつて島に住んでいた人たちにも呼びかけてのお祭りが企画された。池島にとって久しぶりの明るいニュースだ。

記念祭りの打合せの様子

かつて祭りは住民の一番楽しみなイベントで、炭鉱マンらがみこしを担いで練り歩き、大きな花火も打ち上げられた。

近藤秀美さん:
スタッフ的にも人がいない。無理だろうって、できないだろうって思ってたけど、何とかできないかと立ち上がってやってるんだけど

過去の祭では打ち上げ花火も

2022年3月には、2つある銭湯の1つ「池島東浴場」が利用者の減少などによって閉鎖される。島の人たちにとって大切な思い出の場所が、また消えていく。

近藤秀美さん:
もう来年、次はね、もちろん現在もスタッフがいないけど、次は学校もないかも分からない。先生たちなんかもいないかもしれない

「これが最後になるかもしれない」。秀美さんは強い思いで祭りに臨んでいた。そして、祭りの当日。300人を超えるお客さんが池島に集まり、往時の賑わいがよみがえった。

おみこしも復活し当時の賑わいがよみがえる

懐かしい友人との再会も果たした近藤さんは、集まってくれた人たちに感謝を伝えた。

近藤秀美さん:
さっきから涙がボロボロ出て。平成13年(2001年)の11月に池島炭鉱が閉山をして、ちょうど20年になります。池島の現状は、非常に厳しいものがありますけれども、20年の記念として何かできないかということで、長崎市をはじめ、その他、大勢の方にご援助、応援を頂いて今日の開催にこぎつけました。本当にありがとうございました

惠太君は写真付きのカレンダーで、雄大君は絵本で池島を紹介した。

惠太君と雄大君の発表の様子

雄大君:
皆さん、私たちの発表は楽しんで頂けたでしょうか。私たちはそれぞれ最高学年なので、本年度で小学校、中学校を卒業します。卒業後も私たちは島を大切にする思いを忘れず、島を盛り上げていきたいと思っています。皆さん、これからも池島を応援してください

島に残りたいが…将来を見据えて

2022年1月。学校に大きな変化があった。池島に祖母が住んでいる小学生の姉妹が引っ越してきた。惠太君が待ち望んでいた転校生だ。先生も彼の心境の変化を感じている。

担任の先生:
おとといも体育館で昼休み遊ぼうっていう時に、「じゃあ!」って言って2人を引っ張っていってたから、何かちょっとお兄さんになったなと思いますね。いい影響だと思っています

受験生の雄大君はその後、希望していた島から通学できる高校に合格した。今はまだ、その先の将来については考えがまとまっていない。

雄大君:
池島は、僕にとってはもう自然が豊かで、のびのびできる故郷みたいな感じですね。だけど、いつまでもここでお世話になっていくわけにもいかないから、とりあえず出ようって感じになると思います

ずっと島に残りたい気持ちと、出ていかなければいけない現実…。それぞれの思いが交錯しながら、家族5人の暮らしが続いてゆく。

(テレビ長崎)

記事 412 テレビ長崎

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