小林陵侑 長野五輪以来24年ぶり金

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北京五輪、日本の金メダル第1号は、スキージャンプ・ノーマルヒルの小林陵侑(25)だった。その裏には、小林が”師匠”と仰ぐ葛西紀明さんから学んだ秘策があった。

日本ジャンプ界では、98年の長野五輪ラージヒルでの船木和喜さん以来、24年ぶりとなる個人での金メダル。長野以降は5大会金メダル獲得なしの日本ジャンプ界に、再び現れたゴールドメダリストの快挙を間近で見たレジェンド・葛西紀明さん(49)は興奮を隠し切れなかった。

大会当日、午後7時過ぎにジャンプ会場に到着した葛西さん。「わくわくドキドキですよ。陵侑が金メダル取るところをまず見て感動して楽しみでしょうがなですね」と愛弟子の活躍に期待を寄せていた。

師匠と弟子切磋琢磨の7年間

日本代表のエース・小林陵侑。ワールドカップでは日本男子最多の26勝。年末年始のジャンプ週間では2度目の総合優勝を成し遂げた。そんな彼の成長ストーリーを急加速させたのが、葛西さんとの出会いだった。

冬季五輪8度出場のレジェンドは小林が高校生の時に目を付け所属チームにスカウト。7年間切磋琢磨した。そして、葛西さんの指導もあり、小林はトップ選手へと進化を遂げた。「人生で一番影響を受けた人かもしれない。師匠というのが一番しっくりくる」と小林は葛西さんを師匠として慕ってきた。

そんな師匠・葛西さんが現地で見た小林陵侑の金メダルへの歩みを徹底解説する。

ノーマルヒル予選 レジェンド注目は風

5日のノーマルヒル予選。北京五輪のジャンプ台についてレジェンドはこう語っていた。

「右と左で風が違うんですよね。ジャンプ台の右側が2~3メートル吹いていることもあるし、左側が全然ないこともあるし、風を見るとしたら上から国旗を見ます。こっちは風がないじゃないですか」

上が右側の国旗、下が左側の国旗
上が右側の国旗、下が左側の国旗

右側では大きく国旗がなびいているのに対し、左は同じタイミングにも関わらず、国旗はあまり動いていない。予選の中継映像を見ても慌ただしく向きが変わっているのがわかる。

「下手したら片方に風が当たってあおられたりすることもあるので、怖いですね」とレジェンドも恐れる北京のジャンプ台。予選では何人もの選手が風の影響でスムーズに飛べない状況が続いた。

そんな中、小林はK点越えのジャンプを見せ、4位で予選を通過。「ちょっと風が足りなかったですけど、それでもここまで伸ばすのはさすがですね。調子が良い証拠です」と手応えを口にした葛西さん。さっそく予選直後の小林を直撃した。

ーーどうですか?予選終わって

「今日は安定していたので本番の決勝でも力まずできたらいいなと」

ーー明日の意気込みは?

「金メダルを目指して良いジャンプが…」

ーーえっ銀?

「金!チャンスがあると思うので頑張ります」

小林は「金」と「銀」言葉を聞き違えた葛西さんに笑って答えた。

ノーマルヒル決勝 レジェンド注目は風

飛距離点と飛型点の合計で争うジャンプ競技。今回のノーマルヒルで得点の基準となる距離のK点は95メートル。安全に着地できるヒルサイズは106メートルに設定されている。

50人から30人に絞られる決勝1回目。気になる風の状況を葛西さんに聞くと「まずジャンプ台に着いたときに非常に今日は風が安定している。風が安定している場合には順当に順位が決まる。強い選手が勝つ状況になる。これだけ風の差がないともうメダルにぐんと近づいてきている」という。

前日5日の女子ノーマルヒルとは違い、風の影響が少ないコンディションの中、1番スタートのアメリカ・ラースンがいきなりK点越えのジャンプ。ハイレベルでの争いが予想される。その後もワールドカップランキング下位の選手から次々とジャンプするが、やはりK越えが続く状況に「100メートルは必ず越えないといけないので、100メートル越えないと飛型点も出ないんですよ。そうするとメダル争いに絡めたり絡めなかったりするので、ちょっと大変かもしれない」と協議の展開を予想した。

終盤に進むにつれ、有利となる向かい風から不利とされる追い風に。ライバルたちは記録を伸ばせない。そんな中、スタート台に向かう小林を葛西さんは見守った。そして、「よし、向かい風に変わった。そのまま、そのまま、頼む!」と祈るような気持ちで見守る葛西さん。葛西さんの願いは届くのか。決勝1回目。

小林は104.5メートルのビッグジャンプに加え、テレマークを完璧に決めた。2位に6ポイント差をつけ、暫定トップに立った。このジャンプに対し葛西さんは「スリップしていないしスピードも活かせている。パワーも活かせているしタイミングもピタッ(と決まっていた)」とジャンプ成功の要因を挙げる。

スリップしていない状況とはテイクオフのときの膝の使い方で、ここで滑らずに踏み出すことで、スピードとパワーを十分に活かせている状況をいう。「真ったいらの氷のところで幅跳びをしようとすると滑るじゃないですか。あの滑る感じがテイクオフするときに起きる。スリップしないでパワーを地面に伝えて飛んでいくのが陵侑は一番上手」と小林のテイクオフを称賛した。

迎えた決勝2回目。不利とされる追い風から有利となる向かい風に変わったが、有力選手は飛距離を伸ばすことができない。小林のスタートが近づく中、緊張気味の葛西さん。「ここから残り10人がどういう風に当たってどういうジャンプするかでメダルが決まります。ちょっとでも向かい風に当たったら小林は100%優勝します」と話していた。

決勝2回目。最終スタートの小林を前にトップに立っていたのは、オーストリアのM.フェットナー。小林が金メダルを獲得するためには、98メートル以上のジャンプが必要になる。

そして、その瞬間は訪れる。北京の夜空に日本のエースが黄金の輝きを放った。スキージャンプ男子個人では98年長野五輪の船木和喜さん以来、24年ぶりの金メダルを獲得。優勝を確信して駆け寄ってきた5歳上の兄、小林潤志郎(30)と抱き合って喜んだ。

北京五輪・原田雅彦総監督も日の丸を振って祝福し、葛西さんも両手でガッツポーズをして、喜びを噛み締めた。

愛弟子の偉業を師匠・葛西紀明が深掘り

そして、興奮冷めやらぬまま愛弟子の小林に言葉をかけた。

ーー金メダルおめでとう!

「信じられないです。まだ」

ーーこの気持ちは誰に伝えたい?

「監督のノリさん(葛西紀明)に伝えたかったんですけど、近くで見てくれていたので、今家族に伝えたいですね」

ーー念願の金メダルを取れて今どんな気持ち?

「何だろう。まだ実感ないですね。お兄ちゃん(小林潤志郎選手)が出てきて抱き合った時は、結構グッときましたね。なんかやったんだなみたいな」

「今日はノリさんの真似をして1本目を飛ばないようにして、すごくいいイメージできていたので、飛ばなくてもいいかなと思っていて、2本そろえられたので良かったです」

ーー条件も良く陵侑の条件かなと思っていたのね。トライアルも飛ばなかったからこれは金メダルを取れると信じて疑わなかったのね。監督としてうれしい。あと残り3戦全部メダルと思っているから。全部メダル取る気持ちでやってね。

「ありがとうございます。頑張ります」

愛弟子の快挙に男泣き

小林に声をかけた後、愛弟子の偉業に7年間共に戦ってきた葛西さんも思いがこみ上げる。

「金メダルが決まった瞬間は僕も頭が真っ白になりましたし、陵侑もそういう気持ちだったと思います…本当にうれしいです。泣けるほどうれしくなったのは初めてかもしれないですね。いや、泣けるな。泣かないでおこうと思ったのに…溜まっていた涙が全部出ました」

BIGジャンプ成功の要因

今回、24年ぶりの快挙を成し遂げた小林。その勝負を分けた一番のポイントを葛西さんはこう指摘した。

「トライアルラウンドの回避です。試合前に練習するんですけど、そのトライアルラウンドを飛ばずに試合にぶっつけ本番でいったというのポイントだと思います」

決勝が行われる直前の公式練習に小林の姿はなかった。そのトライアルラウンド(試技)を回避したのは小林だけだった。しかし、このことこそが勝因だと挙げる。そして、インタビューで「ノリさんの真似をした」と言っていた真相を聞いた。

「僕がソチ五輪の時にトライアルラウンドを飛ばずに、ぶっつけ本番で挑んでメダルを取ったと、それを見ていたんだと思います。1本目飛ばなかったときに『これはノリさん戦法です』と言ってくれたのでうれしく思いました」

トライアルラウンドを飛ばないとことは何を意味するのか。葛西さんは続けてこう解説した。

「トライアルラウンドというのはリラックスして飛べる1本なので、非常にいいジャンプが飛べる傾向にあります。トライアルで1番になってしまうと試合ですごく緊張してしまって、いいジャンプができない。それと全部で3本飛ぶことになるので、集中力がそがれます。なので小林選手はトライアルラウンドを飛ばずに1本目、2本目に集中して飛んだ、こういうところがポイントだったと思います」

小林のメダル獲得の可能性はまだまだある。11日に予選、12日夜7時に決勝が行われるラージヒルでは、日本勢初の個人種目2冠を狙う。

レジェンドは最後にこんな言葉を残してくれた。

「練習では風がコロコロ変わる悪条件もあったんですけど、今回のノーマルヒルは安定した条件でした。ラージヒルの試合も安定した条件であれば、間違いなく金メダルは取れる力はあると思います。輝いたメダル取ってほしいですね」

1972年札幌五輪で日の丸飛行隊が表彰台を独占してから50年…
98年長野大会で再び動き出した時計の針、そして、その魂を脈々と受け継ぎ、8度の五輪出場を果たした葛西さん。そんな先輩たちが築き上げた日の丸飛行隊の軌跡を追うように、レジェンドの愛弟子が、北京の夜空の下でまた一つの新たな歴史をつくった。

「北京オリンピック 男子ラージヒル決勝」
2月12日(土)よる7時からフジテレビ系列で生中継
レジェンド葛西紀明の愛弟子・小林陵侑 2つ目の金メダルに挑戦!