スピードスケートから転身 異色のコーチ

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北京五輪まで1カ月を切る中で長野県南佐久郡で行われていたショートトラック代表合宿。そこには最後の追い込みをかける選手の動きを確認する長島圭一郎ヘッドコーチ(39)の姿があった。

2010年バンクーバー五輪のスピードスケートで銀メダルを獲得したレジェンドは当時、念願のメダルにも「まだ実感ないですけど、どうなんでしょうか?」と、なかなか本心を明かさないキャラクターで知られていた。そんな長島にヘッドコーチ就任のオファーが届いたのは、現役を引退した翌年の2018年のことだった。スピードスケートからショートトラックにという突拍子もないオファーをこう振り返る。

きっかけは橋本聖子氏からの電話

「僕も現役終わって2年ぐらいちょっとゆっくりしたいなと思って、堕落した生活を送っていた時に橋本聖子会長から電話があって、最初電話がかかってきた時はもうなんか悪いことしたかなと思って(笑)でもなんか怒られる感じじゃなくて『ショートトラックの件で…』という感じでした」

夏3回、冬4回の7回の五輪出場を誇り、当時スケート連盟会長を務めていた橋本聖子氏からの就任要請に「2週間ぐらい黙っていたんですけど、また電話がかかってきて、また議員会館に呼ばれて、もうこれ本気だと思って、そこで就任を決めました」と明かす。

こうして始まったスピードスケートからショートトラックへの異色ともいえる転身。一方、競技に目を移すと、セパレートで行われタイムを競うスピードスケートに対し、ショートトラックは複数の選手が同じレーンを滑り順位を争う全く別の競技となる。

いざコーチに就任するも、ルールも知らないところからのコーチ業のスタートに「ウィキペディアでこのショートトラックの歴史からルールから種目から、まずはそこからでした」と苦労を口にする。

長島流トレーニングで再建へ

就任してまず長島が取り組んだのが、トレーニングメニューの変更だった。

それは、女子代表の神長汐音(22)が「いきなり自転車のトレーニングが始まって、60kmとか行ってこいみたいなのがあったりとか、3時間行ってこいみたいなのがあって、それはもう変化というかめちゃめちゃキツくて」と話すほど過酷なものだった。

自転車を含む陸上トレーニングの本格的な導入は長島コーチによると「それは普通だと思う」という。スピードスケートではごく一般的に行われているメニューを取り入れることで選手たちのフィジカルを強化していった。

長島がヘッドコーチに就任後、神長が7年ぶりに更新した女子500mをはじめ、11種目中5種目で日本新記録が生まれている。

求めるのは臨機応変な対応力

一方、何が起こるか分からないのがこの競技の難しさ。長島コーチは「どう邪魔するとか、どんだけ嫌がらせするかですね。後ろの人を邪魔したりとか、その時に色々コースを変えて邪魔したりするんです。性格悪くないとできないですね」という。

2002年ソルトレークシティ五輪ショートトラック男子1000m決勝では、1人遅れて滑っていた選手がまさかの逆転優勝となるなど、接触や転倒も起こるショートトラック。相手に合わせた作戦が重要になるが、選手へのアプローチでも長島流を貫く。

「想定通りにいくことが本当珍しいので、だったらもう臨機応変にその場で対応できる能力をつけた方が全然そっちの方が早い。データだったりこういう癖があるあるとかというのをまず共有して選手自らまずイメージを持たせるっていうやり方に今しています」とレースの展開を細かく指示するのではなく、選手自らに考えさせて臨機応変に対応することを求めている。

選手に芽生えた意識の変化

コーチ就任から4年、選手たちの意識も確実に変わってきた。選手たちはその手応えを口にする。

「ヒントはくれるんですけど、最終的に自分でたどりつけるようにっていう教え方」とショートトラック男子のエース吉永一貴(22)。

「自分でできることは今何かっていうのをしっかり考えてさらにできるようになってきた」と女子のエース菊池純礼(26)。

「自分がちょっと良くない方向に行ってたりしたら声をかけてくれる」と初出場で最年少の宮田将吾(19)。

まずは自分で考えさせ対応力を身につけさせる。そして、軌道修正が必要な時は救いの手を差し伸べる。

「選手にそういうのを気遣いながらというか神経使ってやってますけど僕なりに。合ってるかわからないですけど、コーチやったことないんで(笑)」

そう謙遜しながらも、その視線は目前に迫った本番を見据えていた。

24年ぶりメダル獲得へ家族も支え

そんな長島コーチを家族も支える。取材の中で家族からこんなエピソードがあった。元スピードスケート選手で妻の菊池彩花さん(平昌五輪・女子団体パシュート金)によると北京五輪に向け、2歳の息子・珀瑛くんがリラックマのお守りをプレゼントしたところ、肌身離さず持ち歩くどころか「家に置いてある」という。

「北京に持っていくとか、あまり気にしないようにはしています。気にし過ぎると頭おかしくなりそうで…」

お守りは大事に心の中にしまっておいて、目の前で起きていることに対して「ジンクスに左右されることなく、臨機応変に対応する」という考え方は、長島コーチの選手へのアプローチにも通じるものがあるかもしれない。

初めてのコーチ就任から試行錯誤しながら歩んできた4年間。ヘッドコーチ長島の集大成となるのが、北京五輪。

「選手にしっかりメダルを取ってもらえるように、こちら側としては調整・準備・環境をしっかり整えて、いろいろ与えていきたいなと思います。頑張ります。頑張らせます(笑)」

ショートラック界の悲願、24年ぶりのメダル獲得をかけた戦いがいよいよ始まる。

北京オリンピック ショートトラック
2月9日(水)よる8時フジテレビ系列で生中継
ヘッドコーチ長島圭一郎率いる新生日本、初の五輪へ!