適切な支援がなければ、誰もが“ごみ屋敷症候群”に!

片付けられず、物がたまっていき、家の中が足の踏み場もない状況になってしまういわゆる“ゴミ屋敷”。

この"ゴミ屋敷"で暮らす高齢者について、東京都健康長寿医療センターが10年間の追跡調査をまとめた。その結果、一人暮らしの高齢者の認知症が進行し、身体機能が衰えたとき、適切な支援がなければ、誰もがディオゲネス症候群、(いわゆる“ごみ屋敷症候群”)になる可能性があることが明らかになった。

※イメージ
この記事の画像(3枚)

そもそも「ディオゲネス症候群」とは、日本語でいうと老年期隠遁症候群、いわゆる“ごみ屋敷症候群”などとして知られる症候群。住居の衛生状態が保てず、自身に無関心で、支援を拒み、社会的孤立状態にある等の特徴があると言われている。

東京都健康長寿医療センター研究所の福祉と生活ケア研究チームの井藤佳恵医師は、東京都内で精神科医として自宅を訪問、対応した270人の高齢者のうち、61人をディオゲネス症候群と定義し、これに当てはまらない残りの209人と比較した。

その結果、ディオゲネス症候群と診断されたグループの、中等度以上の認知症の割合は54.1%とそうでないグループの27.2%より高かった。また、「歩行」「排泄」「入浴」の支援の必要性がある割合もディオゲネス症候群と診断されたグループのほうが高かった。
さらに、1年以内の死亡率はディオゲネス症候群では17.5%で、そうでないグループの9.1%より高いことがわかった。

一人暮らしの高齢者がなりやすい

では、我々の身近な人が「ディオゲネス症候群」と診断された場合どう支援すべきなのか?また、ディオゲネス症候群ではない高齢者が気を付けるべきことはどんなことなのか?東京都健康長寿医療センター研究所の福祉と生活ケア研究チームの井藤佳恵医師に詳しく話を聞いてみた。

――なぜこの研究を始めた?

「本人の意思の尊重」「最期までその人らしく」ということがさかんに言われています。
ですが、精神科病院に勤めておりますと、「家が“ゴミ屋敷”だから自宅で暮らすのはもう無理です」と地域保健に関わる専門職の方に連れてこられる認知症等の患者様が少なからずいらっしゃって、しかも入院した途端に家の賃貸契約を解除されてしまって、戻る家がなくなってしまう、ということが未だにあります。

誰もが、国家に干渉されずに自由に生きる権利(自由権)と、社会的、経済的弱者が人間らしい生活を国家に保障される権利(社会権)をもっています。「ごみ屋敷」に至ったことが、たとえ認知症等の精神疾患を背景とするものであったとしても、精神疾患を抱えることは、自由権を否定してよい理由にはなりません。この方たちの自由権と社会権のバランスをどのようにとることが「人権擁護」と言えるのか、ということはとても難しく、大きな課題だと考えています。

どういう関わりがこの人たち本人にとって「よい関わり」なのかということを考える上で、まず、この人たちはどういう人たちなのか、という実態把握が必要だと考えこの研究を始めました。


――ディオゲネス症候群​になりやすい人の特徴は?

今回の研究からは、ディオゲネス症候群は、社会的孤立状態にある一人暮らしの高齢者の、認知症が中等度以上に進行し、身体機能が低下することと関連することが明らかになりました。
ここでいう「社会的孤立状態」とは、東京都健康長寿医療センター研究所の粟田主一先生の定義に従い、「必要な社会的支援の利用を可能にする社会的ネットワークがない状態」としています。


――今回の研究結果で驚いた部分は?

ディオゲネス症候群に関する最初の医学論文は1966年にノッティンガムから発表されました。以降、ダブリン、シドニー、パリ、香港などの大都市から研究報告がありますが、今回の東京のディオゲネス症候群も含め、この症候群が時代も文化も超えて非常に均一な性質をもつということに驚きます。

「ディオゲネス症候群」と「認知症」どちらが先?

――認知症からディオゲネス症候群になる?それともディオゲネス症候群から認知症になる?

必ずしも認知症が背景にあるわけではなく、背景に認知症もないし、その他の精神疾患もない、つまり精神科的には診断がない、という方もいらっしゃいます。認知症が背景にある方もいらっしゃいますが、今回の研究は、認知症を発症しそれが進行していく過程と、住まいの環境が変わっていく過程を同時に追ったものではありません。ですから、どちらが先なのかということを科学的に検証したという研究ではありません。

ですが、お家にお邪魔させていただくと、例えば床が見えないくらい物がたくさん積み重なっている、テーブルの上には新聞や食器、カビの生えた食物が雑然と置かれている、けれどもそういったものの奥にある食器棚には、とてもきれいにお皿やカップが並んでいる、というようなことが珍しくなくあります。

そうすると、住環境は以前からこういう風なのではなかった、几帳面で整理整頓が得意な方だったのではないか、ということが想像されます。そのような状況からは、高齢期になり認知機能や身体機能等が低下してくること、そうなったときに適切な支援が得られないことが、住環境が変わっていくことにつながっているのではないかと考えています。

※イメージ

――ディオゲネス症候群と診断された人はどう支援すべき?

まず、ご本人がそう希望する場合を除いて、ディオゲネス症候群の人は自宅での生活はもう継続できない、精神科病院か施設に入ってもらうしかない、という考え方を変えるところから、と思っています。

一般用語として広まっている「ゴミ屋敷」という呼称についても、少なくとも「支援者」であるなら、簡単に使ってよい言葉ではないと思います。ご本人が「ゴミ」と認識しているものもありますが、そうではなくて、捨てられなかったり、捨ててよいのかどうかわからなくて困っているものもあります。

考えてみれば、初めから「ゴミ」であるものはなくて、何かの役割を終えたものを私たちは「ゴミ」として捨てているにすぎません。ですから、支援というのは、そこにあるものがその人にとってどういう役割をもっているのか一緒に考えるところから始まるのではないかと思います。

いきなり片づけるのではなく、そういった丁寧な過程を踏むことでその人との間に信頼関係を築くことができたら、支援の方向性も見えてくると思います。片づけることは手段であって、目的ではありません。支援―被支援関係も、人と人との関係です。「これじゃダメ」という否定から始めるのではなく、ああ、こんな風に暮らしていらっしゃるのですね、とまず受け止めるところからしか、人と人との関係は築けないのではないでしょうか。


――ディオゲネス症候群ではない高齢者が気をつけることはある?

高齢になり、認知機能や身体機能が多少なりとも衰えてくることは、誰もが経験することです。困っていると誰かに相談することや、助けを求めることは、人にとって当たり前で必要なつながりだと知っていることは、大切なことだと思います。

 

また、「調査の対象者は65歳以上なので、それより若い人のゴミ屋敷化については他の背景があると考えられている」とのことだった。

散らかった部屋にあるものを、支援する側はついつい不要だと思って捨ててしまう。しかし、そうではなく、その部屋の住人とともにそこにあるものがどういう役割を持っているか、一緒に考えるところから始めることが支援する上で重要なようだ。