訪問診療で終末期の患者に寄り添い「看取り」を支える医師がいる。出会いと別れを繰り返す中で、医師が願う最期とは…。
通院が困難な場合も「家で診てもらえるのはありがたい」
この記事の画像(19枚)2021年9月、長野県安曇野市。
瀬角英樹医師:
こんにちは。訪問診療クリニック樹(いつき)です
男性の妻:
どうぞ
瀬角英樹医師(60)。松本市でクリニックを運営しつつ、在宅療養の患者を診る「訪問診療」をしている。
この日は脳挫傷で寝たきりの状態が続く、安曇野市の70代男性を診察した。
瀬角英樹医師:
便通がうまくいかない?
男性の妻:
お薬ね
瀬角英樹医師:
そんなに今は、張っていないけど
男性は以前、近くの病院に通っていた。しかし、体力が衰え付き添う妻も腰を悪くして通院が難しくなり、訪問診療・訪問看護に切り替えた。
男性の妻:
(通院では)車いす、タクシーを手配しなくちゃいけないし、ベッドから起こして車いすに移さなきゃいけない。着替えもしなくちゃいけない。主人も動かさないで、ここで診てもらえることはとてもありがたい
末期がん患者の緩和ケア 最期までその人らしく
訪ねていく中には終末期の患者もいる。
瀬角英樹医師:
痛いのつらいから、あまり我慢しないで相談してください
諸井吉彦さん:
でも、どんどん薬が増えると自分がどのレベルにいるのか分からなくなる
末期がんを患う安曇野市の諸井吉彦さん(65)もその一人。
諸井吉彦さん:
「今年もたないだろう」と言われたら「今年もたせましょうよ、頑張って」と。ささやかな希望を持ちながら、その希望をつないでくれるのが訪問診療
瀬角医師が行っているのは、いわゆる緩和ケアだ。
瀬角英樹医師:
苦痛の緩和、生きることに対する援助ですよね。死ぬんじゃなくて、「最後の日」までその人らしく生きるということを強調しながら、それを支えていくような対応を心掛けています
瀬角医師は神奈川県出身。信州大学を卒業後、消化器内科を専門に県内外の病院で働いてきた。多くの終末期の患者と接してきた中で、次第にある思いが強まっていったという。
瀬角英樹医師:
最期の時間をその人らしく過ごしてほしい。「自宅に帰ったらどうですか」と言っても、ご家族も大変ですし、訪問診療の先生もいろんな管が入ったりすると大変だし、帰りたくても帰れない方をすごく見てきた
瀬角英樹医師:
そういう中で、短時間でも家に帰って「本当に家が良かった」「一生の思い出だ」って言葉を聞いた時に、やっぱり訪問診療を主とし、安心感を与えられるような医療活動をやるべきかなと思って始めました
2021年4月、松本市にクリニックを開業。訪問看護と連携しながら看取りを支えている。
看護師らと“看取り”の経験や思いを共有
瀬角英樹医師:
どう本人らしく生きてもらうかで、いろんな声掛けをさせていただきました
松本市の訪問看護ステーション。集まったのは医師、看護師、患者と医療機関をつなぐメディカルソーシャルワーカーだ。
この日は、すい臓がんで亡くなった73歳の女性についての対応を振り返った。次の看取りにつなげるためだ。
信大付属病院・中村ゆり子メディカルソーシャルワーカー:
家に帰って何が心配なのか、イメージがどのようについていないかを確認しながら、何度かご本人、ご家族と話し合いをしていきました。その中で息子さん夫婦もある程度、在宅のイメージがつきました
女性は2021年8月、病院での治療から訪問診療・訪問看護に切り替え、自宅に戻ってから12日後に息を引き取った。
南松本訪問看護ステーション・丸山美由生看護師:
すごく良いお顔をされて帰ってきたのが本当に印象的で。ご主人もそばにいつもいて世話をしてくださる中で、みんなで本当に、お孫さんも車椅子を押してくださったりとか。本当に短かったですけど、そばから見ていて自分の家族にもしてあげたいと感じました
サポートは概ねうまくいったが、戸惑いを覚えた看護師もいた。
南松本訪問看護ステーション・宮武千奈美看護師:
もうこれ以上、何もできないとご本人が自覚されたタイミングがあって。「入院した方がいいかな?」と、ご本人の口から「入院」という言葉が出ました。本当にそこをどう受け止めてあげればいいかと、すごく悩みました。言葉も返せなかったというのが正直なところです
終末期の患者への対応はまさに手探りだ。
瀬角英樹医師:
半年たって多くの出会いと別れがありました。良かった点もあるし、うまくいかなかった点もあるし、「家に帰りたいんだ」っていうことをどんどん言ってもらって、それを僕らがしっかり支えられる質の高い関係性もつくっていければ良いなと思います
「大丈夫だよ、家で過ごせるよ」患者の不安に寄り添う
2021年9月、松本市。
瀬角英樹医師:
はいどうも、失礼します
この日、瀬角医師が診療したのは松本市の70代女性。2年前、大腸にがんが見つかり、その後、肺や骨にも転移。呼吸も困難になっていった。
瀬角英樹医師:
週末、痛みが出たっていうけど、その後どうですか
70代女性:
大丈夫。(痛みは)出ません
瀬角英樹医師:
おー良かった
コロナ禍で病院では家族との面会も難しくなるため、6月に訪問診療に切り替えた。その時点で、余命は数カ月…。「紅葉は見られないかも」と告げられていた。
70代女性:
食べたいものを食べたい時に食べられることが、一番うれしいですね。友達が来てくれてお話できることとか。自由にそういうことができるので何よりですね
瀬角英樹医師:
しばらくつらくてね、笑顔が消えていたけど、また笑顔が見られてよかった
70代女性:
おかげさまで
瀬角英樹医師:
僕は何もしてないけど
70代女性:
痛い時はすぐに先生にお電話するから安心です
瀬角英樹医師:
そうそう
女性は麻薬性鎮痛剤の投与を受け、この日から約1カ月後の10月15日、家族に見守られながら息を引き取った。周囲の山は、まだ紅葉していなかったという。
看取りの現場に寄り添う。瀬角医師の考える「訪問診療」の役割は明確だ。
瀬角英樹医師:
「家に帰りたい、何としても家で過ごしたい」という方に、大丈夫だよと言ってあげること。あきらめてる方がすごく多いし、また大きい病院の先生も「こんな状態で家で過ごすなんてできない」と思ってる方もやっぱりいらっしゃる。でも「大丈夫だよ、家で過ごせるよ。そのために僕らがいるよ。みんなであなたを支えるから帰っておいで」と言うための役割かなと思っています
(長野放送)