13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが10月5日、57歳の誕生日を迎えた。
新潟市には、85歳となった母・早紀江さんと、めぐみさんの再会を切に願う女性がいる。
拉致問題の解決に、私たちができることとは何なのか。

横田めぐみさん57歳の誕生日に、母・早紀江さんは…

北朝鮮による拉致が明らかになった1997年。
娘の33歳の誕生日をケーキで祝う両親の姿があった。

横田めぐみさんの33歳の誕生日を祝う
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横田滋さん:
もう少し我慢すれば帰って来られるかもしれないから、健康に気をつけてほしいと思いますね

記者:
来年の誕生日には、一緒に(ケーキを)食べましょうねって

横田早紀江さん:
そうですね。本当にそうだといいですね

めぐみさんは2021年で57歳。この日から24年の歳月が流れた。

横田早紀江さん:
もうね、お誕生日と聞かれるとつらくなるんですね

あれから24年の歳月が流れ…

かつてはチキンを焼き、ケーキを用意して祝っていた最愛の娘の誕生日が、早紀江さんの心に影を落とす。

横田早紀江さん:
(北朝鮮に)連れていかれる1カ月前の10月も、仲良しの友達2人が家に来てくれて、一緒にケーキを食べて、よく笑って話していたのを思い出しますけど。
そういうことを思い出すのがつらいのと、取り戻してお誕生日をお祝いしてあげる日が本当に来るのだろうか、この頃そういう思いが重くのしかかっていて

横田めぐみさん

花言葉は「夢叶う」… 青いバラ売上げの一部を寄付

帰国していない拉致被害者の親で生存しているのは、早紀江さんを含め、わずか2人に。
いまだ解決への糸口が見られない現状に、心を寄せる女性がいる。
新潟市中央区でフラワーアレンジメントの店を営む和田初美さん。

アートフラワー楽花 和田初美さん:
花言葉を見たら、「夢叶う」という言葉が出ていたんですね

和田さんは2021年8月から、「夢が叶う」という花言葉を持つ青いバラの作品を制作。
売り上げの1割を、拉致問題の支援団体に寄付している。

花言葉は「夢叶う」

アートフラワー楽花 和田初美さん:
横田さんのお家では、めぐみさんが拉致されてしまってから、その日から生活が一変してしまったと思う。その日から、娘さんを探すという人生に変わってしまった。これは大変な問題だと思いますね

松村道子キャスター:
私たち市民が思いを持ち続ける、関心を持ち続ける力をどう感じますか

和田初美さん:
こんな小さなところから始まるにしても、やはりそれが大きな輪になって、人が人を動かしてくれれば。上(国)の方たちも忙しいでしょうが、動かざるを得ないと思うんですね

拉致問題の全面解決へ、岸田内閣に求めることは…

拉致問題の膠着(こうちゃく)が続く状況の中で誕生した岸田内閣。

岸田内閣は拉致問題を“最重要課題”と位置づけた

岸田首相:
拉致問題は最重要課題。私自身、条件をつけずに金正恩委員長と直接向き合う覚悟です

安倍・菅政権と同様、拉致問題を“最重要課題”と位置づけた。

横田早紀江さん:
今度こそ、国の一番大事なことだと言うのなら、その大事なことを一番にしていただくことが証明になるので

拉致問題の全面解決へ、早紀江さんが望むのは“国のトップ同士の直接交渉”だ。

横田早紀江さん:
何も言わなかったら、いつまでたっても動かない。だから(北朝鮮に)乗り込んでいくなり何なり、とにかく行動してくださいということですね

生前、“市民の関心が国を動かす”と信じて訴えていた、めぐみさんの父・滋さん。

拉致問題の解決へ、岸田首相の本気度とともに、私たち市民がつくり出す世論が後押しとなるかどうかも問われている。

【取材後記】
5人の拉致被害者が帰国を果たした2002年。私は、NST入社1年目のアナウンサー・記者として、被害者と家族との再会やその後の時間を取材し、中継で伝えていました。

松村道子キャスター

同時に、新潟市で拉致され、このとき帰国を果たせなかった横田めぐみさんとその家族への取材が始まりました。横田滋さん・早紀江さんご夫妻に初めて単独でインタビューさせていただいたのは2003年初冬。新潟県内とは違い、冬でも明るい日差しが降り注ぐ川崎市のご自宅に伺いました。

品の良い家具が並ぶリビングには、北朝鮮関連の書籍や資料、全国から寄せられた激励の手紙などが溢れていました。早紀江さんが途中、カメラの回っていないときに「最近疲労がたたって、腰痛がひどいんですよ」とポロリとこぼされたのですが、25歳の私は気の利いた返答ができなかったことを覚えています。

「世論を信じて、めぐみの帰国まで頑張る」というお二人のお話を胸に、新潟に戻りました。その後もご両親を取材する機会は多くありましたが、私は2007年にNSTを退社し、ニュース報道の仕事から退きました。

めぐみさんの拉致から40年という2017年、拉致問題がメディアに大きく取り上げられました。ニュースの受け手となっていた私は、10数年ぶりに自身が拉致問題を取材したときのノートを押し入れ奥のダンボールから引っ張り出し、横田夫妻の言葉を見返しましたが、「○年」という数字を上書きすれば原稿が書けてしまうのではないかというほど、事態が何も動いていないことを痛感しました。

2020年春、思いがけず報道の仕事に復帰し、最初に取り組みたいと希望したのは横田早紀江さんへのインタビューです。拉致問題を何かの“節目”に取り上げるのではなく、新潟のメディアとして能動的に向き合う姿勢を示すべきだと感じていたからです。

早紀江さんの口からは、その当時入院していた滋さんの様子や、新型コロナの影響で思うように見舞いができなくなっていること、それでも、ベッドの横にあるめぐみさんの写真が滋さんを励ましていること、そして拉致問題について「何も分からないまま」である焦りなどが語られました。

今回、横田めぐみさんの57歳の誕生日という“節目”に取材した和田初美さんは、ご自身の言葉で、横田さん一家が日常を奪われたことへの憤りを語っています。「早紀江さんが元気なうちに何とか会わせてあげたい」…。そこには、一人の女性の内側から真に込み上がる思いを感じました。

「世論」は、紙に書かれ読みあげられた「最重要課題」という言葉よりも大きな力を持っているのではないでしょうか。「世論」に期待し続け生涯を終えた滋さんの思いに沿えるものを放送したいと思っています。

(新潟総合テレビ「NST Newsタッチ」キャスター 松村道子)