漫画界に「劇画」というジャンルを生み出した男は2020年の春、あのキャラクターを使い、メッセージを発信した。

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  ゴルゴ「絶対に楽観しない、どんな場合でも…」  

添えられた言葉は……「モチベーション」

  ゴルゴ「俺の後ろに立つな!」  

……「ソーシャルディスタンス」

どれも、シャレが効きながら、自然と心に刺さるものばかり。

これに、東京都の小池知事は…

小池知事:
さいとう先生はSNSを通じて、キャラクターでメッセージを発信しているということで、ツイッターをご紹介させていただきましょう…後ろに立つな…2メートル離れろ…ふふふ…ホント、ご提供頂いてありがとうございます!

さいとう・たかを氏:
ちょっとでもお役に立てればと思って

と、にこやかに答えるものの…知事から都民に向けてのメッセージを求められると…

さいとう・たかを氏:
もっと(政治家が)リードしてほしいですね。説教だけするんじゃなくて

まるで、漫画の主人公のように、どんな権力にも媚びることのなかった人。

劇画家、さいとう・たかを…享年84。
その代表作は…言わずと知れた「ゴルゴ13」。

1キロ先の標的をも打ち抜く、国籍、年齢、本名不明というスゴ腕スナイパーが主人公だ。

連載開始は、すでに半世紀以上前…
以来、一度も休載することなく執筆を続け、2021年7月 単行本201巻をもって、「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」としてギネス世界記録にも認定された。

そのトレードマークは決して心の内を読ませない、「無表情な顔」だが…かつて、さいとうは、こう語っていたことがある…

さいとう・たかを氏:
表情がないくせに、表情を描かなあかんのですよ…眉毛のちょっとした動き、目のちょっとした動き、口元のちょっとした動き。そういうので変えていかなきゃいかんのですね。しんどい作業ですよ…

無表情の中に「感情」を感じさせる…その「こだわり」に触れていた、歴代最後の編集者・夏目氏は…

小学館「ビッグコミック」編集部 夏目毅氏:
やっぱり無表情の中に表情を入れていくって、よく先生がおっしゃってたんですけど、それをするのって、先生にとってはゴルゴに命を吹き込んでいくというところで…

例えば、ある回のこと。期せずして、相棒となった女性との別れでは「人生に幸あれ」と祈るように… そんな思いのすべてを、微妙な変化で表現したのだが、中でも夏目氏の印象に残ったのが…

小学館「ビッグコミック」編集部 夏目毅氏:
ちょっと大柄なたくましい感じの女性に、「間違ってもあたしにその気になるなよ」って言われた後のゴルゴの顔って、どんな顔なんだろうっていうところで、先生は本当に悩まれたみたいなんですけど。ようやくたどり着いた顔で。

これが、その表情だった…

小学館「ビッグコミック」編集部 夏目毅氏:
まさに無表情のゴルゴの中に、戸惑いだったりとか、そういったものはしっかり出ているので…
そういった1コマだったかなと思います。

そのこだわりを同じ漫画家として目の当たりにしていたのは、さいとうに弟子入りし、のちに「巨人の星」や「いなかっぺ大将」などの大ヒットを飛ばした川崎のぼる氏だ。

劇画へのこだわり…漫画界を変えた分業体制

漫画家 川崎のぼる氏:
分業制とは言っても、さいとうさんの一番のこだわりは、ゴルゴ13の目、鼻、顔の表情ですね。ですから、ゴルゴ13の顔だけは絶対自分の手で入れるっていう形で…

ゴルゴ13は、脚本、背景、武器など、それぞれのエキスパートが集まり、分業で一本の作品を仕上げている。
その大きな理由の一つが…

漫画家 川崎のぼる氏:
そこが天才たる由縁なんだけど、あの人は元々映画が好きで、できれば映画に負けないようなものを、その作品で作り上げたいっていうところで…

なぜ、漫画に映画並みの分業制を取り入れたのか…?
歴代最長の14年をゴルゴ13の編集者として過ごした西村氏はこう証言する…

小学館「ビッグコミック」編集 西村直純氏:
要するにその分野で得意不得意というのがあるので、お話を作る才能は、お話の作る才能のある方にお任せするし、絵という1つの中でも、全体を俯瞰的に見て、配置を考えるとか。細かく1つの絵を描き込んでいくとかっていうのは、また全然別のものなので、それぞれの得意な方に任せて、それを集約した方がクオリティが上がるんじゃないかということです…

つまり、さいとうプロダクションのスタッフは、アシスタントではなく、プロとプロの関係…だからこそ、漫画業界で いち早く映画のようなクレジットを表記したのも、さいとうだった…

が、ある種 アーティストである漫画家が“分業”を実現するのは、とても難しいことだと川崎氏は言う。

漫画家 川崎のぼる氏:
なぜなら、僕もそうだったんですけどね、結局絵描きとして、自分は自分の作品を書きたいわけですよ。自分の名前で作品を発表したいんですよ…

誰だって、自分の才能を世間に認めさせたい…
しかし、さいとうにはデビュー当時からその気はさらさらなく…

小学館「ビッグコミック」編集 西村直純氏:
やっぱ当時は、漫画というものがやっぱり子供が読むものっていう、固定観念が社会全体にあったみたいなんですよね。そうじゃなくて、やっぱり映画みたいに大人が観るものというか、そういうものを描けるんじゃないのかっていうのがさいとう先生たちのグループの主張で…

今は、大人用の漫画がないから大人が読まないだけで、クオリティーの高いものさえ出来れば、必ず大人も漫画を読むと予言していたさいとう。

事実それから数年で、さいとうのグループが提唱した「劇画」というジャンルは、大人たちの間で大ブームとなり、今や大人が漫画を読むなど当たり前の時代になった。

時代の善悪に流されない…ゴルゴに語らせた”正義”

まるで、ゴルゴ13さながらに未来の社会情勢を正しく予測していたのだ。
とは言え、同時代にはじまった劇画が数ある中で、半世紀という時を超えて人気を保ち続けるのは、なぜなのか…?

さいとう・たかを氏:
これはもう、はっきりしてるんですよ。その時代の善悪で書かなかったからです。その時代の善悪の解釈で描いていたら、とっくに色あせてます…

時代の善悪に流されない…その真意を、元担当編集者に聞くと…

小学館「ビッグコミック」編集 西村直純氏:
正義とか善悪とかっていうのは、もうやっぱり観念でしかないので、そういうものは信じない。
それはなんでかというと、やっぱり戦争が終わって、全部ガラッて変わったということを経験されているので、本当そういうものっていうのは一夜にして変わるから、信じないんだっておっしゃってましたよね。

小学校3年で終戦を経験したさいとうにとって、あの当時「敵」と教えられていた兵士たちは 、一夜にして「救世主」に変わってしまった。

だからこそ、時代の空気には流されない…
そんなポリシーを持ち続けたさいとうは、同時多発テロが起きた翌年も…テロリストたちを理不尽な死に追いやるアメリカのペンタゴンの将校に対し、ゴルゴにこんなセリフを吐かせている。

ゴルゴ「その“正義”とやらは、おまえ達だけの正義じゃないのか…?」

時代の空気に流されず、ただ己の信じた道を歩き続けるヒーローは、生みの親が亡くなったこれからも生き続ける…

(「Mr.サンデー」10月3日放送分より)