1988年「公序良俗に反し人権を侵害する表現を規制する」との名目で「メディア良化法」が制定され、メディア良化委員会による武力行使を伴う「不適切図書」の検閲が始まった。情報が制限され自由が侵されつつあるなか、検閲に抵抗するため立ち上がったのは図書館だった…

これは現実の話ではなく、作家有川浩さんの作品「図書館戦争」が描いた世界だ。
しかし、実写映画化もされたこの人気作品のように、行政が図書館の選書に介入する事で「知る権利」が侵害される事例が、お隣韓国で起きている。しかも、抵抗する勢力も無いままに。

「反日種族主義」が図書館で閲覧制限に

「反日種族主義」の著者・李栄薫元教授
「反日種族主義」の著者・李栄薫元教授
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韓国の地方自治体である華城市、平沢市、光明市の公立図書館は、2019年12月から2020年1月にかけて、日韓でベストセラーとなった本「反日種族主義」の閲覧を制限する措置を始めた。高陽市など5つの自治体も同様の対応を検討しており、この動きはさらに拡大する情勢だ。

「反日種族主義」は、ソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)元教授ら6人の研究者による著書で、日本による朝鮮半島統治に関する「朝鮮半島の米を収奪した」などの定説や、今や韓国人のアイデンティティともいえる「独島(島根県の竹島の韓国側呼称)は韓国の領土」という主張について、膨大な資料を元に悉く否定したものだ。韓国ではチョ・グク前法相が「吐き気がする」と強く批判し、メディアも保守・革新問わず「歴史歪曲だ」などと一斉に批判したが、韓国で11万部、日本でも40万部という異例のヒットとなっている話題の一冊だ。著者には脅迫メッセージが送りつけられるなど、韓国では現在もバッシングが続いている。

華城市役所に閲覧制限の理由について聞いたところ「多数の国民の感情に反する本は除外するのが国民感情上正しいと考えた」との事だった。華城市は文化財団に図書館の運営を委託しているが、市役所側が財団に命じたのだという。平沢市も「閲覧制限するのは市民から多くの要請が寄せられたからで、国民情緒に反する本だから」というのが理由だった。いずれも、この本の内容を快く思わない市民からの抗議を受けた措置だという。光明市に至っては「『反日種族主義』は慰安婦と日帝徴用の強制性を否認し、さらに独島まで大韓民国の領土という証拠がないという内容の親日・歴史歪曲論議を呼び起こした図書」だとし、「反日種族主義」の6人の著者の別の著作など12冊を閲覧制限した。この閲覧制限図書の中には、帝国主義の側面から日本の朝鮮半島統治や慰安婦問題を捉えた世宗大の朴裕河(パク・ユハ)教授による「帝国の慰安婦」も含まれている。この本も韓国で猛烈なバッシングを受けていて、元慰安婦らが朴教授を名誉棄損で刑事告訴したことから始まった裁判では、2審で朴教授に有罪判決が下されている。

「反日種族主義」の共著者・落星台経済研究所の李宇衍研究員
「反日種族主義」の共著者・落星台経済研究所の李宇衍研究員

自治体の措置について「反日種族主義」の共著者である落星台経済研究所の李宇衍(イ・ウヨン)研究員に話を聞いた。「朝鮮王朝時代でもない現代社会で禁書があるというのでしょうか。読者たちが判断することを、なぜ図書館が判断をするのか、とうてい理解ができない」と話し、文書を燃やして儒者を殺した中国の故事「焚書坑儒」になぞらえて怒りを露わにしていた。

図書館での閲覧制限は重大な問題だ

韓国の自治体は「国民情緒」をくみ取るという理由で、反日種族主義など多くの韓国人にバッシングされている書物について、あっさりと図書館での閲覧を制限した。しかし本来、図書館の本を選ぶ権限は、民主主義の基本である「知る権利」を守るために、中立でなければならないものだ。極めて重要な事で、行政による介入を軽々に認めてはならないはずだ。行政や団体等による介入で図書館から特定の本が撤去されうるならば、時の政権にとって都合の悪い本が撤去される事にも繋がるだろう。日本図書館協会の綱領「図書館の自由に関する宣言」には、以下のような文章がある

「すべての国民は、いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する。この権利を社会的に保障することは、すなわち知る自由を保障することである。図書館は、まさにこのことに責任を負う機関である」
「個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない」

図書館は常に中立的な立場で蔵書を集める必要があり、インターネットが普及した現代社会においても、図書館は民主主義を守る根幹・象徴の一つなのだ。この考え方は韓国にもある。韓国図書館協会の綱領と言える「図書館人倫理宣言」にも同様の規定があるのだ。

「図書館人は図書館サービスの提供において自身の偏見を排除して情報接近を阻害する一切の検閲に反対する」(※図書館人倫宣言より抜粋)

そこで今回の閲覧制限について韓国図書館協会に聞いてみたが、「公式な立場は出せない。各司書の判断によるので、我々が論評することはできない」との事だった。まるで他人事のようで、見解を示す事は無かった。そこで自治体にも人倫宣言との整合性について聞いてみたところ、華城市は「難しい問題だ」と言葉を濁し、平沢市も担当者の個人的な意見という前置き付きで「どんな形であれ、あらゆる蔵書を全部取り入れるのが正しいと思う。意見は様々だが難しい問題だ」と苦悩を滲ませた。閲覧制限の問題性は認識しているが、知る権利よりも「国民情緒」が優先されるという事だろう。

国民情緒優先で閲覧制限する韓国側と歴史問題の議論は可能なのか

韓国では「法律や憲法よりも“国民情緒法”が上を行く」とよく言われるが、中でも日本が絡むとその傾向は強くなる。慰安婦に関する日韓合意の一方的無効化や、韓国の窃盗団が盗んだ対馬の仏像を日本に返還しなくても良いという判決など事例は多い。日韓の歴史問題について、民間レベルで率直に話し合おうという提案は竹島問題などを巡りよく出される。しかし「反日種族主義」など多くの韓国人にとっての異論を封じ込める事を良しとする「国民情緒」がある限り、双方の意見を理解した上での率直な議論など出来ないだろう。日本関連の異論を「なかったもの」もしくは「あってはならないもの」として封殺するのではなく、同意しないまでも内容を理解するという姿勢を持つのが民主主義社会の姿ではないのか。韓国の自治体は今回の措置を見直すべきだ。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。