ワクチンの接種を強制!? マクロン大統領が強硬路線に舵を切る

8月9日、フランス国民はワクチン接種の事実上の強制化をめぐって二分された。この日から飲食店や長距離電車などの利用客に、新型コロナウイルスのワクチン接種証明か72時間以内の陰性証明を提示することが義務づけられたからだ。
違反した人には約1万7500円の罰金が科されるほか、店側も業務停止命令や懲役刑などの対象となる。

政府提供のアプリでワクチン接種歴を提示する
政府提供のアプリでワクチン接種歴を提示する
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【レストランの客】
「私はワクチンを打ったからレストランでランチできます。ここに来られない人たちは、そういう選択を自らしたということです」

11月15日までの措置ではあるものの、ワクチンを打った人とそうでない人で、生活に大きな違いが出るようになったのだ。

レストランではワクチン接種を完了した人がランチを楽しんでいた
レストランではワクチン接種を完了した人がランチを楽しんでいた

フランスでは健康保険に加入していると何度でも無料で検査を受けることができる。
しかし、マクロン大統領は、この検査についても、10月中旬以降、処方箋を持たない人を対象に有料にするとしていて、実質、“ワクチン強制法”とも呼べる法律の運用が始まった。

また、10月には、医療従事者や介護従事者に対するワクチン接種の義務化が始まる。接種を拒むと停職処分になり、給与が支払われなくなる。

マクロン大統領がワクチン接種をめぐって、ここまで大きく強硬路線に舵を切った背景には、止まらない感染拡大とワクチンに不信感を抱く人たちの存在がある。

フランスの一日の感染者数は6月下旬に一時2000人を下回ったが、その1カ月後には2万人にまで膨れ上がった。インド型変異ウイルス・デルタ株がまん延し、第4波に突入したのだ。

1日あたりの新規感染者数 ※フランス政府HPより
1日あたりの新規感染者数 ※フランス政府HPより

しかし、第4波を目前とした7月上旬の時点では、ワクチン接種が完了した人の割合は人口の4割程度にとどまっていた。接種に反対する人々が一定数存在し、接種のスピードは徐々に落ちてきていた。
 

ワクチン接種の半強制化 慎重派が接種会場に殺到

7月12日、マクロン大統領は医療従事者へのワクチンの接種の義務化と、飲食店や長距離列車の利用などにワクチン証明書ないしは陰性証明書の提示を求める新たな規制を発表した。
この決定は、ワクチン接種を促すのに一定の効果をもたらした。8月9日時点で、ワクチン接種が完了した人の割合は人口の約56%まで増加。
これまではワクチン接種をためらっていたが、規制強化に背中を押されたという人が押し寄せているようだ。

ワクチンを打つ消防士 「1日15時間働いてます」
ワクチンを打つ消防士 「1日15時間働いてます」

ワクチンの接種に従事している消防士は「マクロン大統領の発表以降、たくさんの人が来て、忙しいよ。以前は割と落ち着いていましたが、今は1日15時間ぐらい働いてます」と話す。

接種のきっかけは「映画館に行くのに接種証明が必要」
接種のきっかけは「映画館に行くのに接種証明が必要」

接種会場にいた人に、このタイミングでワクチン接種を受けた理由について聞いてみた。

【20歳 女性】
ーーなぜ、ワクチン接種を受けたのですか?
「接種証明のためです!もともと、いつかは受けようと思っていたのですが、時間がなかったんです。でも、映画館に行くのに接種していた方が便利ですし」

「接種証明があると自由度が増す。一方で、接種自体に不安はある」
「接種証明があると自由度が増す。一方で、接種自体に不安はある」

【47歳 男性】
ーーこれまで接種を受けていなかった理由は? 
「ワクチンが体に及ぼす影響を見極めたかったので、他の人たちの様子を見ていました。今後、10年後、15年後に体にどんな影響があるのか、不安はあります」

ーー今回、接種に踏み切ったきっかけは?
「接種証明があると、自由度が増すので。長距離列車に乗って旅行にもいけますからね」
 

やはり、戸惑いや不安はありつつも「制限されずに“自由”に行動したい」という思いが接種のきっかけになったようだ。

ワクチン接種の半強制化 「“自由”を奪う」と国民の4割が反対

一方で、接種は受けるが、接種の強制は「“自由”を奪う」と反対する声もある。

「ワクチンは強制するものではない」
「ワクチンは強制するものではない」

【19歳 男性】
ーー接種・陰性証明の提示義務化について、どう思うか?
「接種証明の提示義務化には賛成できません。自由を奪う政策で、ひどいと思います。
僕は家に引きこもりたくないのでワクチンを受けましたが、みんなに強制するのは違うと思います」
 

マクロン大統領が方針を発表した翌日に地元のテレビ局が行った世論調査では、接種を希望する人は79%(前週比5ポイント増)。しかし、飲食店での提示義務に賛成する人は58%にとどまった。ワクチン接種会場にいた19歳の彼と同じような考え方の人たちが一定数いるのだ。

フランスの世論はいま、真っ二つに割れている。

「解雇されてでも反対」 反対派はデモで何を訴えているのか

デモの参加者はワクチン未接種者が大半。彼らはノーマスクで「選択の自由」を訴えている
デモの参加者はワクチン未接種者が大半。彼らはノーマスクで「選択の自由」を訴えている

「マクロン、あんたのパス(陰性・接種証明)は要らない!」

この法律に反対するデモが毎週末、フランス全土で行われている。
彼らはワクチンを受けない自由、生活を制限されない自由を求めて声を上げている。

ワクチン未接種の女性「1年もフォローアップされていないワクチンは打ちたくない」
ワクチン未接種の女性「1年もフォローアップされていないワクチンは打ちたくない」

【38歳 女性】
「政府は全体の利益のためにワクチン接種を促していますが、私は1年もフォローアップされていないワクチンを打ちたくはありません。それに、ワクチンを打った人でもコロナにかかることはあるのに、彼らは接種証明の提示だけで陰性証明を求められないのは、おかしいですよね!」

ワクチン接種済の男性「証明書の提示は差別を生む」
ワクチン接種済の男性「証明書の提示は差別を生む」

【68歳 男性】
「証明書の提示は、差別や分離を生むので反対です。私はワクチンを打っているけど、接種証明を持っていない友達に顔向けできません」

ワクチン未接種の看護師の女性「解雇されてでも、ワクチン接種は受けない」
ワクチン未接種の看護師の女性「解雇されてでも、ワクチン接種は受けない」

さらに、10月からワクチン接種が義務化される看護師の女性は、「職を失ってでも“自由”を求める」として、デモに参加していた。

【看護師の女性(58)】
「マスクで予防することはできるんです。ワクチン接種の強制は民主的ではありません。私は看護師ですが、解雇されてでも、反対します」

「自由の国フランス」での“自由”とは

ワクチン接種証明の提示義務化を受け入れることで得られる一定の“自由”を謳歌するのか。
それとも、接種証明の提示で認められる行動の“自由”を犠牲にしてでも、個人の選択の“自由”を求めるのか。

マクロン大統領のインスタグラム 国民の質問に直接答えている
マクロン大統領のインスタグラム 国民の質問に直接答えている

マクロン大統領は、国民からワクチン接種を受けないという「選択の自由を剥奪していないか」と問われ、インスタグラムでこのように回答した。

【マクロン大統領】
「私たちは社会生活において、ともに協力し、頼りながら生活しています。自由というのは、一人だけのものではなく、みんなが持っているものです。他人を思いやり、他人の自由も尊重した上で、個人の自由が成り立ちます。ワクチン接種や検査を受けること。それが、責任を伴う自由であり、国民としての自由であるのです」
 

「自由の国・フランス」の国民に突きつけられた、ワクチン接種をめぐる“自由”の選択。
日本でも今後、問われることになりそうだ。

森元愛
森元愛

疑問に感じたことはとことん掘り下げる。それで分かったことはみんなに共有したい。現場の空気感をありのまま飾らずに伝えていきます!
大阪生まれ、兵庫育ち。大学で上京するも、地元が好きで関西テレビに入社。情報番組ADを担当し、報道記者に。大阪府警記者クラブ、大阪司法記者クラブ、調査報道担当を経てFNNパリ特派員。