開園90年…亡くなった入所者の慰霊碑
6月22日は、ハンセン病の元患者の名誉を回復し、亡くなった人を追悼する日と定められている。
岡山・瀬戸内市の国立ハンセン病療養所では、コロナ禍の今、特別な思いが込められた慰霊碑が建てられた。
長島愛生園入所者自治会・中尾伸治会長:
今までいろいろ記念碑も建てましたが、“記念碑”というだけで、反省という場所はなかった

瀬戸内市の国立ハンセン病療養所・長島愛生園。朽ちた桟橋のすぐそばに、開園90年に合わせ、これまでに亡くなった入所者の慰霊碑が建立された。

入所して約70年。当時中学生だった中尾伸治さん(86)も、この桟橋から島に降り立った。
長島愛生園入所者自治会・中尾伸治会長:
故郷との糸が途切れる場所。寂しい場所

ハンセン病患者を強制隔離する国の政策「らい予防法」は、25年前の1996年4月に撤廃された。

人権侵害を受けたとして元患者たちが、国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟では、2001年に国が控訴を断念。原告側の勝訴が確定した。

元患者たちに補償金が支払われる法律が施行されたのが、20年前の2001年6月22日だった。
ハンセン病の歴史“生かされていない”
2014年に長島愛生園に赴任した山本典良園長は2021年、記念誌を作り、開園から90年を振り返る中で、入所者のある声を耳にした。

長島愛生園・山本典良園長:
初めて入所者の皆さんが、新型コロナでハンセン病の歴史が生かされていないと実感している
新型コロナの感染が広がる今、入所者は、感染者や医療従事者への誹謗(ひぼう)中傷に心を痛めていた。

長島愛生園・山本典良園長:
ハンセン病の歴史を語り継ぐ上で何が足りなかったのか、何を改善しなければいけないのかという時に思いついたのが、“反省と誓い”

慰霊碑に刻まれた言葉は「故郷への想い」。慰霊のためだけではなく、同じ過ちを繰り返さないと、誓いの証しにしたいと考えた。
長島愛生園・山本典良園長:
故郷で家族と一緒に療養したかったという思いが強かったのではないかと。社会が受け入れてくれなかったから、家族のもとで療養できなかったという考えに至った

慰霊碑を「誓いの場所に」
一時2,000人を超えていた入所者の数は、現在123人。平均年齢は、87歳を超えた。

ハンセン病の歴史や自らの思いを語り継いできた中尾さんも、もうすぐ87歳だ。
長島愛生園入所者自治会・中尾伸治会長:
社会復帰した人たちが、一般の市民の中で交えていない、そういうことがありますね。強制収容の後押しをしたと、一般市民は後押しをしたということになるので、ここを(誓いの)場所にしたい

病気による偏見はないですか?
差別を繰り返してはいませんか?
桟橋のそばに建てられた慰霊碑が、私たちに問いかけている。
(岡山放送)