”最初の患者”から120年 歴史を塗り替える一歩

人類史上初めてアルツハイマー病が確認されたのは、51歳の女性だった。名前や住所、食べ物の名称を答えられず、計算ができない等の症状もあったという。

それから120年。不治の病とされてきたアルツハイマー病だが、2021年6月、ついに歴史を塗り替える一歩が…

エーザイCEO 内藤晴夫氏:
最初の治療薬に至ることができたことを今、感無量の思いが致しております。

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日米の製薬大手、エーザイとバイオジェンが、アルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」を共同開発。治療薬としては、世界で初めてアメリカで承認された。

歴史的な一報にアルツハイマー病と戦う人たちは…

下坂厚さん:
一緒に働いているスタッフの名前が分からなくなるとか、進行していくものなので当事者からしたら一刻の猶予がないというか…新しい薬という前向きなニュースが出たことはすごくうれしい。

下坂佳子さん:
主人が診断された時は、不安とか絶望感に押し潰されそうになるんですね。(治療薬のニュースは)希望になると思いますし。

患者数が推定300万人を超える日本でも膨らむ期待。ここに至るまでには、不可能に挑む科学者たちの不屈のバトンリレーがあった。

ノンフィクション作家の下山進さんは、19年前から治療薬の研究を取材し、2021年1月に1冊の本『アルツハイマー征服』にまとめた。

ノンフィクション作家 下山進氏:
アルツハイマー病の研究は、非常に高い山の頂を(科学者たちが)いろんな登山ルートからアタックして行くんですよ。ある隊は遭難するし、失敗した隊の経験を学習しながら進んでいくんです。科学者がバトンを繋いでここまで来たんですよね。

世界に衝撃…天才科学者が考え出したワクチン療法

アメリカの天才科学者デール・シェンク。かつて下山氏が取材をした際、朝から1人でチェス盤に向き合い戦略を練っていた根っからの天才。そんな彼が革新的な治療法を考え出した。

ノンフィクション作家 下山進氏:
チェックメイトのような光る駒筋を見つけるんです。それは「ワクチン」だったんですね。

ここに、2枚の脳内画像がある。

アルツハイマー病患者の脳内を見ると、大きく広がっているのが、アミロイドβと呼ばれるタンパク質。これが脳に蓄積すると神経細胞が死滅し、認知機能が低下すると考えられている。

そこでシェンクは、ワクチンとしてアミロイドβを注射し、抗体を作ることで脳のアミロイドβを取り除き、病の進行を抑えようとした。

1997年からマウスで実験。本来、脳にアミロイドβが蓄積すると老人斑と呼ばれるシミができるのだが…ワクチン接種後、シミが消えたという。そして研究成果は、あの有名な科学誌に掲載された。

ノンフィクション作家 下山進氏:
「ネイチャー」の1999年7月8日の記念すべき部分です。ここから始まっているんですよ。

ワクチン療法は世界に衝撃を与えた。ところが、人での治験を進めると重大な問題が。

4人の患者が急性髄膜脳炎を発症したのだ。各国の治験で複数の副反応が確認され、開発は中止に追い込まれた。

志半ばで頓挫したワクチン療法。だが、海を越えてバトンを継ぐ者が現れた。

アルツハイマー「抗体」の発見と治療薬の開発

スイス・チューリヒ大学の教授、ロジャー・ニッチ。

シェンクのワクチン療法に衝撃を受けたニッチは治験に参加していた。そして、副反応が出た失敗を糧に新たな方法を導き出そうとしたのだ。

ニッチが治験を行ったのは30人。そのうち抗体ができたのは20人。副反応は、抗体ができなかった10人の中からしか出なかったのだ。抗体ができた20人には、1人も副反応は確認されなかった。

つまり、副反応の原因が抗体であるとは考えにくい。そう考えたニッチは、ワクチンではなく抗体そのものを体に入れる方法を発案する。

ノンフィクション作家 下山進氏:
その抗体は、人間が本来持っているものではないかと。つまり、アルツハイマー病になりにくい人というのは、その抗体を持っているからなのではないかと考えたのです。

アルツハイマー病にならない人は、きっと共通した抗体を備えているはず…。

研究の末、ニッチは2006年、ついに体の中からその抗体を見つけ出したのだ。その後、抗体から治療薬を作るため、日米の製薬大手2社が加わり共同開発が進められた。

そして、科学者たちのバトンの先に生み出された治療薬こそ「アデュカヌマブ」だったのだ。

名前の最初の二文字「ad(エーディー)」は、人類初の患者「アウグステ・D」の頭文字から付けられたもの。まさに長年の悲願が込められていた。

しかし、承認へ向けての最後の壁が立ちはだかる。FDA(アメリカ食品医薬品局)の審査では、科学者の中から治験結果に疑問を呈する声もあったという。

「可能性のある治療法へのアクセス断たないで」患者と家族の思い

2021年6月7日、世界で初めてアメリカで承認されたアルツハイマー病の治療薬。

その審査では、治験結果をめぐり科学者から反対意見も出たという。だがその時、FDAに1通の意見書が提出された。

声を上げたのは、アルツハイマー病患者やその家族たちだった。

データが不完全だという科学コミニュティの議論はわかります。しかし、治療法のない現在、可能性のある治療法へのアクセスが断たれるということは何百万人もの患者、その配偶者、家族、友人たち、地域の人たちにとって取り返しのつかないことなんです。そうした比較の上で、我々はこの薬の承認を求めます。(アルツハイマー病患者と家族の意見書より)

この声が影響したかはわからないが、その7カ月後、FDAは条件付きの承認である「迅速承認」を行った。

長年、治療薬を研究してきた東京大学大学院薬学系研究科の富田泰輔教授は、こう語る。

東京大学大学院薬学系研究科​ 富田泰輔教授:
薬は今、アデュカヌマブ以外にもいろいろ開発されていますし、(他の)治療薬の開発に繋がる可能性が大きく開かれた可能性があるということが、研究としてすごく大きいと思いますね。

広く治療薬が生まれる未来へ。科学者たちのバトンリレーは続く。

(「Mr.サンデー」6月13日放送分より)