まもなく日本にも到着する予定の新型コロナウイルスのワクチン。世界中で「ワクチン争奪戦」が始まっているが、実は「注射器」の種類によって、接種できる回数(ひいては人数)に大きな差が出るのをご存じだろうか。

ワクチン接種で先行する欧米では、今この注射器が、超低温冷凍庫と同様に目下の必需品となってきている。そんな中、日本でもこの注射器の確保をめぐり“黄色信号”がともっている。

手のひらサイズの小さな瓶

こちらの写真は、米国在住の安川康介医師が病院内で撮影したファイザー社のワクチンの瓶(バイアル)だ。安川医師の手のひらにすっぽりとおさまっていて、非常に小さいのがわかる。

この瓶の中身を一定量の生理食塩液を注入して希釈し、そこからいよいよ「1回分のワクチン摂取量である0.3ml」を吸い上げていくのだが、その“回数”が問題だ。

ファイザー社のワクチンの瓶(安川康介医師提供)
ファイザー社のワクチンの瓶(安川康介医師提供)
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廃棄される「わずかな量」でも接種回数2割増

当初、アメリカでファイザー社のワクチンの緊急使用の承認がされた際には、「1つの瓶から5回分」という条件だった。

1つの瓶にもともと入っているワクチンは0.45ml。ここに生理食塩水を1.8mlを足して希釈するため、0.45+1.8=2.25mlとなる。1回の接種で1人に投与するワクチンは0.3mlのため、
2.25÷0.3=8回分とれるのではないか?という疑問が残るが、そうではないようだ。

通常の注射器を使う場合、0.3mlを“実際に腕に接種する”ためには、少しだけ余分に吸い上げなければならない。なぜなら、注射器の構造上、かなりわずかではあるが、薬液の一部が注射器内や針に残ってしまうからである。薬液が残ってしまう“すき間”のことを「デッドスペース」または「死腔(しくう)」という。残ってしまった液は、廃棄されるしかない。1瓶につき0.75ml、5回分として単純計算すると1回当たり0.15mlは無駄になってしまう訳だ。

この薬剤のロスを防ぐために開発されたのが、「low dead space=デッドスペースが少ない」タイプの注射器だ(ここでは“特殊型注射器”と呼ぶ)。こちらのタイプを使うと、注射器先端の“すき間”に薬液が残ることが少ないため、ワクチンのロスが少なくて済む。この仕組みによって、ファイザー社のワクチンの“手のひらサイズの小瓶”から「6回分」接種することができることがわかってきた。

ピンクの部分が残った薬液
ピンクの部分が残った薬液

同じ量なのに「5回」が「6回」に増えるということは、接種回数/人数が「2割」多くなるということだ。100人が120人に、1万人が1万2000人に増える。

アメリカFDA食品医薬品局は2021年1月、「1つの瓶から接種できる回数を5回から6回に」変更することを承認した。この動きはフランスなど欧州でも見られ、カナダでも変更が間近だと報じられている。カナダメディアは「6回吸い上げられる特殊な注射器が、世界中で“ホットな必需品”となっている」と伝えた。

EMA欧州医薬品庁によると、「6回分取るには1回毎のロスを0.035ml 以下にする必要がある」としているが、各メーカーは従来からそれぞれの技術で針や注射器本体に工夫をこらし、ロスを少なくする仕組みを開発してきた。

注射器内に残る残薬が少ない”特殊型”注射器の一種。ファイザー社を6回分接種することが可能(安川康介医師提供)
注射器内に残る残薬が少ない”特殊型”注射器の一種。ファイザー社を6回分接種することが可能(安川康介医師提供)

国防生産法も発動 アメリカで不足の現状

「ワクチンを無駄にしないためには、すべての接種に特殊型注射器を使えばいいのに」と思うだろう。しかし、この特殊型注射器は、ワクチン用に開発された器具ではなく、インスリン投与など限られた場面でしか使用されていなかった。

ワクチン接種が始まってから注目を集めたため、そもそも供給量が多くはない。バイデン政権は発足直後に「国防生産法」を発動して、新型コロナウイルス対策やワクチン接種にあたり不足している物資の調達をしていくと表明したが、その中にこの「特殊型注射器」も含まれていた。

実際の医療現場ではどうなのか。FNNは、ノースカロライナ大学病院で薬剤部長を務めるリンジー・アマリンさんに話を聞いた。

ノースカロライナ大学病院  リンジー・アマリン氏:
特殊注射器を得るのはまだまだ大変です。注射器の入手は引き続き課題だと思います。特殊注射器の供給元を探し続けています。現在はまだ少しありますが、このままずっと入手できるかどうかはまだわかりません。だんだんと入手が難しくなっているので…

ノースカロライナ大学病院で薬剤部長を務めるアマリンさん
ノースカロライナ大学病院で薬剤部長を務めるアマリンさん

苦肉の策…従来型と特殊型の「ダブル節約作戦」

アマリンさんは、ワクチン接種会場で準備をするボランティアをしている。貴重なワクチンを無駄にしないための特殊型注射器も「希少」なため、こんな工夫がなされているという。

ノースカロライナ大学病院  リンジー・アマリン氏:
“注射器のコンビネーション”作戦で乗り切っています。1つの瓶で6回分のワクチンを吸い上げるために、最初の3回は“通常の注射器”で接種します。そのあと後半3回は、無駄が少ない「特殊型」を使います

つまり、「従来型注射器」だけでは5回分のワクチンしか吸い上げられず、0.75mlが廃棄となってしまう。一方、1つの瓶に対し特殊型を「6本」を使ってしまうと、今度は注射器が枯渇してしまう。「従来型」と「特殊型」を組み合わせることにより、ワクチンの無駄をギリギリまで少なくするという知恵を絞り出したのだ。ワクチンも注射器も「ダブルで節約」するという作戦だ。

「瓶の中身をフルに使うことにより、より多くの人に接種することができる」(アマリンさん)という思いから、知恵を絞って接種をしているという医療現場。無駄を極限まで減らして、生み出した1回分は、わずか0.3ml。非常に少ない量だが、ワクチン接種を受けた池田早希医師(テキサス州在住)は、「その0.3ml(1回分のワクチン量)は、命を救う0.3ml。無駄にはしたくないです」と語り、特殊型注射器の重要性を強調する。

ワクチン接種を受けるテキサス小児病院感染症科の池田早希医師
ワクチン接種を受けるテキサス小児病院感染症科の池田早希医師

しかし、接種を間近に控えた日本では、心配な材料も出てきた。2月9日、田村厚労相は国会で、特殊な注射器の確保が難しいため1瓶からの接種が6回から5回に減り、結果として接種できる人数が減少する可能性に言及した。厚生労働省によると、国が用意していたものが特別なシリンジ(注射筒)にあたるのか検証した結果、国が用意しているシリンジでは1瓶から6回とることが難しいということが判明したというのだ。

先行する欧米で、「ワクチンを無駄にしない」という医療者の思いが接種に関わる多くの工夫を生み出している現状を受け、しっかりとしたシステムと医療機器の確保体制をとり、ワクチンが少しでも無駄にならないようにしてもらいたいと思う。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。