今年に入り、企業や自治体が製作したPR動画の炎上が相次いでいる。

サントリーが7月6日に公開した「頂(いただき)」のPR動画は、北海道、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡の6都市へ出張中の男性が、現地で出会った女性と居酒屋にいるという設定。「頂」を飲んだあとに発する女性のセリフが性的な表現を連想させるとして、SNS上で批判が殺到。翌日には非公開となった。

一方、タレントの壇蜜が出演した宮城県の観光PR動画も性的な表現が多いとして炎上。300万回と自治体が製作したPR動画としては異例の再生数を記録しているが、「宮城に行こうとは思わない」など圧倒的にネガティブな意見が多い。村井県知事は8月21日の記者会見で、配信を予定より1カ月余り前倒しして停止することを明らかにした。知事は「法律や条令に違反したわけではなく、動画の内容に対する自分の評価は変わらない。ただ批判の声も大切で、配慮も必要だと判断した」と、批判に配慮をしたことを明らかにした。

賛否両論巻き起こるような「炎上商法」をとる必要はない

これらのPR動画は、商品の認知度拡大や観光客誘致を目的に公開されたもの。批判的な意見がないよう、細心の注意を払い製作しているはずだが、なぜ炎上という結果を生んでしまったのだろうか。第2回に引き続き、『ネット炎上の研究』の著者・山口真一氏に話を聞いた。

「サントリー『頂』のPR動画と宮城県の観光PR動画は、明らかに性的なことを彷彿とさせるよう製作されています。『これを性的と感じるほうがいやらしい』という意見もネット上では見られますが、逆に性的でないとすると、このような作りやセリフにする理由が見当たりません」

そもそも、インターネットが持つ特徴として、ジェンダー関連の話題は炎上しやすいという特徴がある。そして、今回事例としてあげたどちらのPR動画の制作方針にも疑問が残ると山口氏は話す。

「特に、大企業と自治体はイメージが重要であり、あえて性的な表現で話題性をとろうとする必要性はあまり感じません。百害あって一利なしといえます。さらに、自治体に限っていえば公費で製作しているわけで、賛否両論巻き起こるような炎上商法をとる必要があるかは疑問が残ります。せめて、地元の男女双方の意見をよく聞いてから制作してもよいのではないでしょうか」

炎上してしまった場合の対応方法とは?

PR動画は多くの人が関わり、多くの予算をかけ製作される。公開後に炎上、非公開となった場合、多大な損害が発生する。炎上しないために、企画・製作段階にできることはあるのだろうか。

「企画や製作に必ず多様な属性の人を入れ、意見を求めて検討するのが重要かと思われます。多様な人を企画・製作に参画させるとともに、その人たちが意見を述べやすい環境を作ることが重要と考えます」

しかし、いくら細かいチェックを重ねても、炎上の可能性はゼロにはならない。仮にPR動画が炎上してしまった場合の対応方法を確認しておきたい。

「パニックになってすぐ反論したり、アカウントを削除して隠蔽したりといった対応はよくありません。謝罪の有無も冷静に判断すべきといえます。批判は妥当か、そもそも反応すべきか。批判が殺到する中で、擁護コメントも少なからずついていたら、『ある層のネットユーザーの規範に反してしまったが、行為としてはとくに誤りはない』可能性が高いといえます。また、批判ユーザーアカウントを確認し、どのようなユーザーか見ることも重要です」

 
 
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常日頃から批判しかしていないようなユーザーや、その件で批判するためだけに新しく作られたアカウントも存在し、そういったアカウントからの批判は無視しても差し支えないという。

「次に、炎上の規模を考えます。大手メディアへのパスとなるネットメディア、まとめサイトに取り上げられなければ、致命的な炎上にはなりません。ただ、その判断を待っていたら手遅れになるので、炎上がはじまった時点で対処ははじめるべきです。また、明らかに批判が妥当であり、自社に非がある場合は、規模に関係なく謝罪をすべきです」

消費者が明らかに誤っている場合も批判しない

過去、炎上の鎮火に成功した事例として、ユニ・チャームのおむつブランド「ムーニー」のPR動画がある。動画は子どもを出産した女性がオムツ替え、買い物、食事など、はじめての育児・家事に取り組むという内容。女性が常にひとりで育児に励む様子に「過酷なワンオペ育児を推奨している」と批判が集まったが、広報室の担当者が「リアルな日常を描き応援する意図だった」と製作の意図をコメントし、動画の取り下げは行わなかった。

このように、事実関係の公表に徹し、不確かな情報の発信や言い訳はしないこと。とくに謝罪の場合は、絶対に言い訳をしてはいけないという。炎上という火に油を注ぐ可能性があるからだ。さらに、「批判や中傷も奨励ととらえ、仮に消費者が明らかに誤っている場合であったとしても、事実関係の公表に徹し、消費者への批判はしないことが重要」と山口氏は言う。

公開後時間差で炎上することも

最新の事例としては、8月に炎上した「牛乳石鹸」のPR動画がある。動画の公開日は、6月15日。「父の日」をテーマに製作されたもので、俳優の新井浩文が妻と息子と3人で暮らす男性を演じている。

息子の誕生日を祝うため、妻から頼まれたケーキとプレゼントを購入するのだが、息子の誕生日なのに仕事でミスをした後輩を飲みに連れて行く、妻からの連絡を無視するといった行為に、ネット上では「どうして子どもの誕生日に飲んで帰るの?」「お父さんの気持ちは理解できる」といった議論が展開された。なぜ、公開直後ではなく、2カ月後に炎上してしまったのだろうか。

「炎上するかどうかの基準として、『それを積極的に、否定的に拡散する人の目に留まるか』というものがあります。逆に言えば、そういった方の目に触れなければ炎上するような内容のコンテンツであったとしても、炎上することはありません。牛乳石鹸のPR動画は、たまたま2カ月後にそのような人の目に触れ、拡散や批判がはじまったのが要因です」

インターネット上にコンテンツを掲載し続ける以上、いつ炎上がはじまるかわからないのである。

制作物としてなにかを表現する以上、100パーセントの同意を得ることは難しい。インターネットはよくも悪くもオープンな場所で、さまざまな考え方を持ったユーザーが同居している。企業や自治体はこういった文脈を理解したうえでPR動画を製作し、もし炎上してしまった場合は迅速に対応する力が必要不可欠な時代になっているのだ。

 
 


■山口真一
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得し、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、フリー型ビジネスモデル、プラットフォーム戦略等。「おはよう日本」「あさイチ」(NHK)をはじめとして、テレビ・ラジオ番組にも多数出演。組織学会高宮賞受賞(2017年)、情報通信学会論文賞受賞(2017年)。主な著作に『ネット炎上の研究』(勁草書房)『ソーシャルゲームのビジネスモデル』(勁草書房)などがある。



取材・文=大川竜弥
編集=ヒャクマンボルト
 

プライムオンライン編集部
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