2020年は新型コロナウイルス感染症に始まって、新型コロナウイルス感染症に終わったという年だった。誰がこのような1年になると予想しただろうか。本稿では、この1年に起きたことを振り返りつつ、菅政権への提言をしたい。

少人数学級をめぐる文科省と財務省の攻防

8月に行われた教育再生実行会議で、「少人数学級」の必要性が議論された。文部科学省の試算によれば、児童・生徒数の自然減に対し現状の教員数を維持しながら教員5万人の実質的な増員を行うことにより、現行の40人学級を30人学級にすることが可能だという。

学校での「密」を避け、遠隔授業などで増加した教員の負担を軽減する意図があるのだろうが、コロナ後も続く恒久的な措置にするという。萩生田光一文部科学相は、少人数学級を「令和時代のスタンダード」として推進する考えを示した。

文部科学省は少人数学級の導入できめ細やかな教育を目指す
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追って、10月に開催された財務省の財政制度審議会では、財務省は「学級規模が学力に与える影響について『規模の縮小の効果はないか、あっても小さいことを示す研究が多い』とする資料を提出。委員の議論でも、全国一律の少人数学級の導入には否定的な意見が多数を占めたという。」(毎日新聞10月26日)との報道があった。

学力や非認知能力を高めるという強い根拠はない

実は、文科省と財務省は2014年にも全く同じ構図で全く同じ議論をしている。2014年時点では、日本の学力調査の個票データを用いたエビデンス(科学的根拠)は多くなく、エビデンスもないのに「効果がある」という文科省と「ない」という財務省の水掛け論となり、結果、小学校1年生のみ35人学級とするという着地となった。

しかし、現在の河野太郎行革担当大臣が、第3次安倍内閣で1度目の行政改革担当大臣だった際、文科省が全国で実施する学力テストである「全国学力・学習状況調査」のデータを研究利用できるよう、強力に働きかけてくださったこともあり(それ以前は研究利用できなかった)、少人数学級に関する研究は急速に進み、今では有力な根拠となるエビデンスは生み出されてきている。

ちなみに、この教育再生実行会議、財政制度審議会の両方で、私が東京大学の山口慎太郎教授と慶應義塾大学の伊藤寛武助教とともに執筆した少人数学級に関する論文が引用されている。

この論文は、関東のある自治体の公立小・中学校約1100校の小4から中3、約30万人のビッグデータを用いて検証を行ったもので、少人数学級は学力のみならず、子どもたちの内面的な力を表す「非認知能力」、つまり自制心・勤勉性・自己効力感に与える影響もほとんどないことが示されている。

一方、貧困世帯の子供たちにはプラスの効果があることを示した研究は多い。いずれにせよ、全国一律に学力や非認知能力を高めるという強い根拠はないということになる。

35人学級に決定も…懸念される教員の質の低下

そして、12月には、文科省と財務省の間で繰り広げられた議論に決着がつき、令和7年度までに小学校の1クラスの定員を40人以下から35人以下に引き下げる方向でまとまった。これを文科省の勝利と見る向きが多いが、私は、これは財務省が「名を捨てて実を取った」というのが正しいと思っている。

その理由は、小学校の学級規模は平均で28人と既に35人よりも小さい。令和2年度の学校基本調査によると、全国の公立小学校の単式学級は約21.9万クラス。そのうち35人以上の学級数は1.8万クラスで、全体のたった8%に過ぎない。92%は既に35人以下学級なのである。

そして、この8%のうち約6割は、東京、埼玉、愛知、神奈川、大阪の大都市圏に集中している。小学校の教員採用試験の競争倍率は2000年のピーク時に12.5倍だったのが、2019年には2.8倍まで低下。中でも大都市圏での下落は顕著で、例えば、東京都の小学校の教員採用試験の倍率はなんと2.0倍である。

小学校の教員採用試験の倍率は大都市圏を中心に低下

教員採用試験の倍率は、3倍を切ると「お断りができない」と言われている。複数の自治体で併願する受験者がいるためだ。今の段階でも、既に受験者全員に合格通知を出しているに近い状況の自治体もある。教員採用試験の倍率の低下している大都市圏で教員の数を増やすということになると、明らかに教員としての資質に欠けるという人まで採用せざるを得なくなるだろう。「教員を増やす」と掛け声をかけたところで、有為な人材が教員採用試験を受けに来なければ増やすことなどできないからだ。

専門知識・技術を持つ外部人材を登用していくべき

このような状況を考えると、私はこの先、大都市圏の自治体側から「質の高い教員を採用できるよう、抜本的な改革が不可欠だ」という声が出てくるだろうと予想している。質の高い教員の確保のために障壁となっているのが、現在の教員免許法である。

現在の教員免許法で規定されているように、「教員免許を持つ本業の者のみ」しか教壇に立つことを許されていない状況では、質の高い人材の獲得が難しい。教員免許を持たない者も含めれば本当に質の高い教員が確保できるのだろうか。例えば、ビズリーチ社の求人広告によると、さいたま市が教員免許の保有を前提とせず、副業・兼業も可能な「教育DX人材」を公募している。そして、たった4人の公募枠になんと700名の応募者が殺到したという。これだけ倍率が高いと、優れた人材を採用できる可能性が高まるから、さいたま市としては嬉しい悲鳴だろう。

「教育DX人材」の公募ページ(※求人の募集は終了)

このように、教員免許を持たないが、学校教育に貢献する意思を持つ有為な人材は多くいる。そもそも、予備校や学習塾には教員免許を持たないが、優れた指導をする講師は大勢いる。スポーツ、英語、プログラミングなど専門の知識や技術を持った外部人材をもっと登用していくことを考えるべきではないか。

経済学には、教員の「数」と教員の「質」にはトレードオフの関係があるということを示した有名な研究がある。米カリフォルニア州で行われた学級規模の縮小について分析したものだ。この研究では、学級規模の縮小によって平均的な学力は上昇したものの、学級規模縮小のもたらす直接的なプラスの効果は、追加的に雇用された、経験が少なく質の低い教員の増加でかなりの部分が失われたことが示された。

そして、質の低い教員の増加によるマイナスの影響を最も強く受けたのは、貧困世帯の子どもたちであったことも明らかにされた。少人数学級を推し進めるのであれば、質の高い教員を確保するための抜本的な改革をセットにすることが不可欠だ。2021年には、質の高い教員を確保するための教員免許法改正が必要だ。

2020年の教育政策を振り返ると、教育・子育て政策は、幼児教育無償化や大学教育無償化など、教育の需要を喚起するような再分配の政策が中心だったと思う。しかし、これまでの経済学の研究を大胆にまとめれば、家計の教育コストを削減するような需要側(生徒や保護者)への介入は、費用対効果の低い政策も少なくない。

しかし、供給側の改善(例えば指導法や学校のガバナンス、質の高い教員の獲得など)は、費用対効果が高いことを示す研究が多い。2021年に求められるのは、需要側に働きかける再分配政策ではなく、「国家100年の計」を支える供給側への投資ではないか。

【執筆:慶應義塾大学総合政策学部 中室牧子】