戦時中、陸軍の飛行場建設のため取り壊され、その後、改葬された佐賀・上峰町の古墳群から原型を保った木箱が出土。御霊代が入っているとみられ、当時の様子の解明につながる貴重な史料として注目される。
陸軍飛行場建設で取り壊された古墳群
改葬(復元)された古墳群の調査が行われているのは佐賀・上峰町の古墳公園に隣接する目達原古墳群。
古墳群の年代については詳しくわかっていないが、古墳群の近くには5世紀中頃のものと思われる県内で唯一の皇室関係の墓とされる陵墓「都紀女加王の墓」があり、関わりが深い有力者の墓もあるのではないかとみられている。

古墳群は約85年前、戦時中に旧陸軍の目達原飛行場を建設するため一度取り壊された。

しかし、地域住民などの要望を受け、昭和17年から18年にかけて主要な5つの古墳が当時の7分の1のサイズで改葬された。
全国的にも珍しい古墳の“改葬”
町の教育委員会によると、古墳がこのように改葬されるケースは全国で数例しかなく珍しいという。

その歴史的価値を広めようと、町は改葬された古墳群の発掘調査を今年9月から始めた。
上峰町教育委員会 文化課 吉岡暁 主事:
互い違いに溝を掘って、それによってこの改葬墳丘がどのようにつくられたかを調べる
発掘された箱に金属片や土器のかけら
発掘調査は古墳ひとつあたり3週間前後かけて行われていて、この日は「塚山」の調査が公開された。

発掘調査では崩れてしまった木箱などが出土。そこには木箱の破片や金属片、土器のかけらのようなものが見て取れる。
発掘調査にあたった人は出土した崩れた箱を見てつぶやく。
「須恵器がだいぶ入っている。たぶんこっちが御霊代の箱」

上峰町教育委員会 文化課 吉岡暁 主事:
中身がいっぱい詰まっているので、その圧力、モノが広がろうとする力によって内側から崩れてしまっているのかなという印象を受ける

古墳がつくられた当時の様子を解明することにつながる貴重な史料。出土品は取り出さず、発掘時の様子を記録に残すため様々な角度から写真が撮られていた。

一方、隣の瓢箪塚からは「非常に意義のある」ものが出土したという。
原型保った木箱 中には“御霊代”か
隣の瓢箪塚から発掘されたのは、原形を保ったままのひとつの木箱。

その中身について上峰町教育委員会文化課の吉岡暁主事は次のように説明する。

上峰町教育委員会 文化課 吉岡暁 主事:
元々の古墳の付近の土、清浄な土と朱が付着した丸い石。この中に入っているのがどれとは特定できないが、御霊代であろうと思われる

今回の調査について教育委員会の担当者は「(改葬した時の)記録通りに当時の品が発掘され、それを現代で検討できるのは非常に意義がある」と話す。

発掘調査は今年11月末までの完了を目指していて、発掘されたものは専門家の調査の後、展示も検討しているという。

