人口減少や高齢化が進み、各地で伝統文化の存続が危ぶまれている。鹿児島県の与論島で465年にわたり受け継がれてきた「与論十五夜踊り」も、担い手不足という課題を抱える。そんな中、次の世代へ伝統をつなごうと奮闘する男性がいる。与論十五夜踊り保存会の町聡志さん(40)に、踊りにかける思いを聞いた。
戦国時代から続く、島の祈りの舞
鹿児島県の最南端に位置し、沖縄県にほど近い与論島。青い海に囲まれたこの島で受け継がれてきた伝統芸能が「与論十五夜踊り」である。
島民の平穏な暮らしや五穀豊穣を願い、年3回、地主神社で奉納される。始まりは戦国時代の永禄4年、1561年とされる。本土の狂言と琉球風の踊りを組み合わせているのが特徴だ。

「一役買ってくれないか」年3回の電話
踊り手の1人である町さんは与論島の出身で、保存会に入って丸6年になる。普段は与論町役場で働いている。
加入のきっかけは、奄美への出向中に会長から受けた熱心な誘いだった。
「『奄美から帰ってきたら島のために一役買ってくれないか』という電話が年に3回かかってくる。そういうことであればと」

ただ、町さんが入会した当時は新型コロナウイルスの感染拡大で、奉納の継続も危ぶまれていた。町さんは当時をこう振り返る。
「十五夜踊りはそういった祈りを集める場だから、必ずみんなでまた笑い合って与論献奉を楽しめる時が来るように、今はいろんなやり方を工夫しながら頑張ろう」
世襲制を緩和、負担も軽く
現在、保存会には19人が所属している。踊り手は男性に限られ、これまでは代々世襲で受け継がれてきた。
市村博司会長は、現状についてこう話す。
「僕が入る前は親が子に継ぐ形が多かった。今は『子どもが女の子しか生まれなかったからできない』とやめていったり、経済的な理由で座元になったときにできないことがある」
多いときには30人近くいた担い手は、1997年には13人まで減った。こうした状況を受け、保存会と与論町は次の取り組みを進めてきた。
- 男性に限る伝統は継承しつつ、家系にとらわれず参加できるよう世襲制を緩和
- 代表者の自宅で行っていた前夜祭や道具の保管を、保存館に移して負担を軽減

その結果、担い手は少しずつ増え、近年は20人前後で推移している。
獅子舞や大綱引きも、会場は大盛り上がり
本番では、多くの見物客が見守る中、伝統の十五夜踊りが始まった。本土の狂言を取り入れた「一番組」と、琉球風の踊りを取り入れた「二番組」がそれぞれの演目を披露した。
旧暦の8月15日にだけ行われる獅子舞や大綱引きもあり、会場は大いに盛り上がった。
訪れた観光客からは、次のような声が聞かれた。
「熱気もすごくて踊りも初めて見たが、すごく楽しく参加させてもらった」
「日本全国でいろいろなものが消えそうになっているので、つなごうとする感じが素敵」

本番を終えた町さんは「今年もにぎやかに楽しんでもらえた」と手応えを語った。
披露できない演目も、続く模索
盛り上がりを見せた一方で、担い手不足は今も続いている。披露できない演目もあるのが実情だ。保存会のメンバーは打ち明ける。
「知っている人とか若い人に声かけをしたりするが集まらない。すべての演目が踊れない」
それでも町さんは、島の伝統を次の世代につなごうと歩みを止めない。
「島の平安とか安穏をここから年末までいい年になればという思いで、ベストを尽くして神様に祈りの舞をささげたい」

「与論十五夜踊りの営みこそが与論に生きる人たちの思いとか、歴史をぎゅっと凝縮したものになっているのかな。島の人たちの笑顔が増える一助になればと思って、精進していきたい」
時には形を変えながら、脈々と受け継がれてきた与論十五夜踊り。伝統を次の世代につなぐための模索が続いている。

