太平洋戦争中、旧村松町などにあった養成学校で学び戦死した少年通信兵を悼む慰霊祭が執り行われました。
新潟県五泉市の村松公園で12日に営まれた慰霊祭。
太平洋戦争中、村松地区には無線や暗号解読などの通信技術を持つ若い通信兵を育成する「村松陸軍少年通信兵学校」があり、多くの少年兵が学びました。
慰霊祭では参列者が、ここで学び戦地に送られるなどして命を落とした812人の少年通信兵の冥福を祈りました。参列した女性は、父親の兄が東京の「少年通信兵学校」で学び通信兵となり、戦時中に病気で命を落としたと言います。
【伯父が少年通信兵だった女性】
「(伯父が)一緒に戦った仲間と弔ってもらっているというのを去年知って、私も来たいと思って来た」
戦争を経験した人の高齢化が進む中、」慰霊碑を守る会の浅田光雄会長は、活動を後世につなげ記憶の風化を防ぎたいと話します。
【慰霊碑を守る会 浅田光雄会長】
「現役の通信兵はほとんど亡くなっているので、遺族、我々関係者が語り継いでいかなければならない」
