ストリートから生まれ、2024年パリオリンピックの正式競技にまで上り詰めたブレイクダンス。福井でも、その熱が静かに、しかし確実に広がっている。日本一に輝いた小学5年生から77歳の現役ダンサーまで…福井の身近な疑問を解き明かし驚きを見出すローカル情報バラエティ番組「なんだー?ワンダー!」で調査した。
ダンスバトルで抗争を解決…ストリートから五輪競技へ
ブレイクダンスの誕生は、1970年代にさかのぼる。ギャングの抗争が絶えなかったアメリカ・ニューヨークの街で、暴力の代わりにストリートでダンスを競い合い、決着をつけようとしたのが始まりとされる。
名前の由来も独特で、DJが流す曲のメロディーや歌のないパート、いわゆる「ブレイクパート」に合わせて踊ったことから、ブレイクダンス(ブレイキン)と呼ばれるようになったのだ。
日本へは1980年代に上陸。音楽さえあれば場所を選ばずに始められる手軽さから若者に広まった。

2024年にはパリオリンピックの正式競技に採用され、2028年の国民スポーツ大会では公開競技として実施されることにもなっている。
目標は「世界一になること」日本一の小学5年生
福井市でダンス教室を運営する中村剛さんは、世界トップレベルのブレイクダンスチーム「FOUND NATION」のメンバーの1人。現役ダンサーとして国内外で活躍する一方、地元の福井でブレイクダンスを広めようと、教室の運営や学校でのワークショップに力を注いでいる。
中村さんは「オリンピック競技に選ばれたことで、子供たちが自信を持って楽しめるスポーツになった」と話す。
教室に通う小学5年生の林心晴さん(10)は、2024年に開かれた全国大会「BREAKDANCE DREAMCUP2024」の小学生低学年部門で日本一に輝いた。
林さんがブレイクダンスを始めたのは小学1年生のとき。「テレビを見ていてやってみたいと思った」のがきっかけ。習得した技は約60種類にのぼり、中でも得意技は頭を地面につける回転技だ。
練習は毎日3時間。体幹を鍛える1分間の逆立ちからスタートし、60種類の技をすべて1回ずつ練習し、動きを体に染み込ませていく。
部屋に掲げた“作戦ボード”には、マグネットに書かれた技の名前があり、それを並べ替えながら試合に向け組み合わせを考えるという。「これをやったら相手に勝てる、みたいなことを考えて作っています」と林さんは話す。
中村さんは勝因について「完全に彼の独創性。彼にしかできないポージング、彼にしかできない踊りのシルエット、それが評価された」と分析する。
林さんに将来の夢を聞くと、迷わず「世界一になることです」と目を輝かせる。
“まさか”の場所でブレイクダンス
福井でも徐々に高まっている“ブレイキン熱”。意外な場所でダンスに打ち込む人がいる。
福井市深見町にある明徳寺の副住職・梯文弥さん(33)は、前出の中村さんのダンス教室でインストラクターも務めている。
高校生のときからブレイクダンスにのめり込んできたという梯さんは昨年、お寺の本堂でブレイクダンスを披露するイベントを開催。
境内にはアート作品を並べ、ダンスの前には法要を営んだ。「若い方にお寺を身近に感じてもらうため、ブレイクダンスでその橋渡しをしたい」という思いからだった。
一方、福井市大宮の幾久交番に勤務する中村直哉警部補(46)は、警察音楽隊のブレイクダンスチーム「ポリリズム」を2016年に結成した。
年間10回以上のイベントに出演し、警察音楽隊の演奏に合わせてパフォーマンスを披露している。
実はこの中村警部補こそ、前出のダンス教室を営む中村さんの兄なのだ。兄が大学でブレイクダンスを始め、弟を誘ったことがきっかけで、兄弟そろってブレイクダンスの道に進んだという。
77歳の現役ダンサー「体が動く限り楽しみたい」
勝山市で農業を営む天野義廣さん(77)は、2日に1回のペースでブレイクダンスをSNSで配信する現役ダンサーだ。
元々は高校や大学で教壇に立っていた天野さんは、子供の頃からアクロバティックな動きに憧れ、定年退職を機にブレイクダンスデビュー。
カンフーの動きとブレイクダンスをブレンドした独自スタイルを追い求めている。
「見てもらっていいねをしてくれる人もいるし、アドバイスをくれる人もいる。元気が出るんです」といい「体が動く限り楽しみたい」と力強く語る。
最後は、福井市下江守町にある銭湯「やしろ湯」。
地元に親しまれる昔ながらの銭湯の後継者である坂下祐司さん(44)は、普段は会社員として働きながら、休日には家業の銭湯を手伝っている。
さらに坂下さんには「福井ブレイクダンス協会」の会長という、もう一つの顔がある。
協会は県内でブレイクダンスの普及・発展を目指して活動する団体で、その初代会長を務めているのが、高校生のときからブレイクダンス一筋の坂下さんなのだ。
福井のブレイクダンス競技人口はまだ100人ほどと少ない。坂下さんは、2028年の長野国スポでの種目採用を見据え「ブレイクダンスをやっていてよかったと思えるような福井でありたい」と選手育成に取り組んでいる。

